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作成:2006年9月18日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
前回は,契約の履行に関する第1回目として,契約履行の主体と相手方について検討した。今回は,契約の履行に関する第2回目として,契約に基づく「債務の目的」と「債務の種類」について検討する。
債権の目的とは何か。債権とは,ある人が他の人に対して給付(あることを為すこと,又はあることを為さないこと)を要求する権利であるという定義がある。そのように定義される債権について,その「目的」とは何かが問題となる。
目的というと,「〜のため」という意味が連想されるので,債権の目的というと,債権によって何を実現するのかが問われているように思われるかもしれない。しかし,債権の目的という場合の目的の意味は,そういう意味での目的(aim)ではなく,語学でいうところの「目的語(object)」の意味に近いもの(客体,対象)である。
「債権」の目的ということは,債権の裏返しとしての「債務」の目的と同じことである。そして,「債務」というのは,「〜しなければならない」という意味である。それを英語の動詞oughtで表現すると,債務の目的の意味が非常にわかりやすくなる。英語で,「〜しなければならない」という表現は,ought to do something である。自転車の売買を例にして,売主と買主とが負う「債務の目的」という観点から分析すると以下の表15-1のようになる。
債務者 | 義務 | 目的 (作為・不作為) |
目的物 | |
---|---|---|---|---|
文法 | 主語 | 動詞 | 不定詞(動詞の目的語) | 不定詞の目的語 |
英文 | Obligor | ought | to do | something |
日本語の例 | 売主は | 義務を負う | 引き渡す(こと) | 自転車を |
買主は | 義務を負う | 支払う(こと) | 代金を |
債権や債務の目的が動詞(ought)の目的語(to do)であることを理解すると,民法399条以下に出てくる債権の目的がすべて「〜すること」,または,サ変名詞であることを発見することができる。そして,債権の目的と,債権の目的物との違いも明確に区別することができる。
都合のいいことに,現代語化される前の民法の条文については,立法者自身が,数箇所で,債権の目的と債権の目的物とを間違えるというミスを犯していた。そこで,民法の旧条文と現代語化された条文とを対比してみると,債権の目的と債権の目的物との違いを明確に認識できるようになる。
以下の表15-2を見て,立法者が犯していたミスを発見するという,興味深い「間違い探し」を実際に行ってみよう。そして,現代語化の方法として,ミスを改めるのに,債権の目的を債権の目的物とすべきであったのか,それとも,債権の目的をそのままにして,前後の文脈を変更する方が適切であったのかを検討してみよう。
旧条文 | 現代語化 |
---|---|
第400条〔特定物引渡債権における保存義務〕 債権ノ目的カ特定物ノ引渡ナルトキハ債務者ハ其引渡ヲ為スマテ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ其物ヲ保存スルコトヲ要ス |
第400条(特定物の引渡しの場合の注意義務) 債権の目的が特定物の引渡しであるときは,債務者は,その引渡しをするまで,善良な管理者の注意をもって,その物を保存しなければならない。 |
第401条〔種類債権〕 債権ノ目的物ヲ指示スルニ種類ノミヲ以テシタル場合ニ於テ法律行為ノ性質又ハ当事者ノ意思ニ依リテ其品質ヲ定ムルコト能ハサルトキハ債務者ハ中等ノ品質ヲ有スル物ヲ給付スルコトヲ要ス (2)前項ノ場合ニ於テ債務者カ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ又ハ債権者ノ同意ヲ得テ其給付スヘキ物ヲ指定シタルトキハ爾後其物ヲ以テ債権ノ目的物トス |
第401条(種類債権) @債権の目的物を種類のみで指定した場合において,法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは,債務者は,中等の品質を有する物を給付しなければならない。 A前項の場合において,債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し,又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは,以後その物を債権の目的物とする。 |
第402条〔金銭債権〕 債権ノ目的物カ金銭ナルトキハ債務者ハ其選択ニ従ヒ各種ノ通貨ヲ以テ弁済ヲ為スコトヲ得但特種ノ通貨ノ給付ヲ以テ債権ノ目的ト為シタルトキハ此限ニ在ラス (2)債権ノ目的タル特種ノ通貨カ弁済期ニ於テ強制通用ノ効力ヲ失ヒタルトキハ債務者ハ他ノ通貨ヲ以テ弁済ヲ為スコトヲ要ス (3)前二項ノ規定ハ外国ノ通貨ノ給付ヲ以テ債権ノ目的ト為シタル場合ニ之ヲ準用ス |
第402条(金銭債権1) @債権の目的物が金銭であるときは,債務者は,その選択に従い,各種の通貨で弁済をすることができる。ただし,特定の種類の通貨の給付を債権の目的としたときは,この限りでない。 A債権の目的物である特定の種類の通貨が弁済期に強制通用の効力を失っているときは,債務者は,他の通貨で弁済をしなければならない。 B前2項の規定は,外国の通貨の給付を債権の目的とした場合について準用する。 |
第419条〔金銭債務の特則〕 (1) 金銭ヲ目的トスル債務ノ不履行ニ付テハ其損害賠償ノ額ハ法定利率ニ依リテ之ヲ定ム但約定利率カ法定利率ニ超ユルトキハ約定利率ニ依ル (2)前項ノ損害賠償ニ付テハ債権者ハ損害ノ証明ヲ為スコトヲ要セス又債務者ハ不可抗力ヲ以テ抗弁ト為スコトヲ得ス |
第419条(金銭債務の特則) @金銭の給付を目的とする債務の不履行については,その損害賠償の額は,法定利率によって定める。ただし,約定利率が法定利率を超えるときは,約定利率による。 A前項の損害賠償については,債権者は,損害の証明をすることを要しない。 B第1項の損害賠償については,債務者は,不可抗力をもって抗弁とすることができない。 |
第422条〔損害賠償者の代位〕 債権者カ損害賠償トシテ其債権ノ目的タル物又ハ権利ノ価額ノ全部ヲ受ケタルトキハ債務者ハ其物又ハ権利ニ付キ当然債権者ニ代位ス |
第422条(損害賠償による代位) 債権者が,損害賠償として,その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは,債務者は,その物又は権利について当然に債権者に代位する。 |
第1に,民法402条2項を見てみよう。「債権ノ目的物タル特種ノ通貨」が「債権の目的物である特定の種類の通貨」と修正されて,民法の立法者が犯したミスを修正している。
余談になるが,問題なのは,民法の現代語化の解説書には,この点が全く触れられていないことである。現代語化の解説書を見ると,旧条文との対照表には,「特殊ノ通貨」を「特定の種類の通貨」に直したと書いてあるだけであり,「債権の目的」を「債権の目的物」に修正したということが書かれていない[池田(真)・新民法解説(2005)129頁]。現代語化とはいえない実質的な変更点には,なるべく触れたくないという配慮なのだろうか。この点をはっきり書くと,今回の民法の現代語化は,実は,真の意味での現代語化ではないことが分かってしまうからであろうか。なんとも不思議な民法現代語化の解説である。
第2に,民法419条を見てみよう。「金銭ヲ目的トスル」というのが,「金銭の給付を目的とする」に変わっており,その結果は正しい。しかし,この修正についても,どの解説書にも触れられていない。実は,民法の現代語化の作業を推進してきた現代語化研究会の草案では,「金銭を目的物とする」とされていた。現代語化では,理由もなく,「金銭の給付を目的とする」に変化している。目的を目的物という用語に変更するならまだしも,金銭「の給付」をと挿入することが現代語化といえるのかどうか,大いに疑問である。
第3に,民法422条を見てみよう。旧条文は,「債権ノ目的デアル物…全部ヲ」と,債権の目的が,間違って目的物になってしまっていた。それを現代語化に際して,「全部の支払を」という言葉を挿入したので,ought to doという不定詞の形になって正しくなった。正しいのはいいのだが,債権の「目的」を債権の「目的物」と単純に修正しても良かったはずである。実際に,現代語化研究会の草案では,そうしていた。なぜ,現代語化とはいえない「全部の支払を」という用語を挿入してまで,「債権の目的」を維持しようとしたのか,そのことは,どの解説書にものっていない。これも,民法現代語化の謎のひとつである。
民法全体を眺めてみると,実は,民法の立法者による「目的」と「目的物」の混同は,担保物権のところでおびただしい箇所に上っている。もしも,目的と目的語との混同を正すのが現代語化に含まれるのだとすれば,それも直さなければ一貫しない。しかし,今回の現代語化は,そのような一貫性を持っていない。例えば,民法343条(質権の目的)と344条(質権の設定)とを対比してみよう。民法343条は,「質権は…物をその目的とすることができる」として,物を目的としている。ところが,次の条文である民法344条では,「…債権者にその目的物を引き渡すことによって」となっていて,質権の目的であるはずの物が,目的物になっている。これは,明らかな矛盾であり,どちらかが正しく,どちらかは誤りである。しかし,現代語化の範囲では,そのような判断はできないはずであり,現に,今回の現代語化では,そのような誤りは放置されている。このように,民法全体としては,物権の分野において,目的と目的物との区別の曖昧さに象徴されているように,目的と目的物との区別が一貫してなされているわけではない。しかし,債権の目的と目的物との区別については,今回の民法の現代語化によって,その区別が明確となった。したがって,学生諸君としては,債権の目的と債権の目的物とを区別する方法をマスターすることが必要である。
債権の目的と債権の目的物とを区別する方法をマスターするためには,先に示したように,民法399条〜422条までの旧条文と現代語化の後の条文を丹念に比較して,間違いがどのように訂正されているかを確認するという作業を実際に行ってみて,理解を深めることが重要である。学生諸君が,はじめて「債権の目的」という用語に出会ったときは,何の意味かわからなかったのではないだろうか。このことを考慮して,債権総論の代表的な教科書である平井『債権総論』では,「債権の目的」を理解しやすくする工夫として,「債権の内容」と表記している。しかし,「債権の内容」といったとことで,結局,何を示しているのか,実体をつかむことは簡単ではない。民法で債権の目的という法律用語が使われている以上,その目的という言葉をきちんと理解した方が,結局は,早道である。
債権の目的と目的物との関係を,”ought to do something”という英文法の動詞および不定詞の目的語と対比し,かつ,旧条文と現代語化の条文を対比してみて理解を深めるという学習方法を採用しているのは,全国でもこの講義だけだと思う。そういうことなので,この講義を受けた諸君には,債権の目的と目的物の区別のエキスパートになってほしい。
それでは,今日のメインテーマの「債務の種類」について説明をしていくことにしよう。種類とか分類とかいう場合に重要なことは,どのような観点から分類をするのかという点にある。債務の種類という場合,分類の観点が,その債務の起源(合意かそれ以外か),その債務の執行の難易(執行が容易か困難か),その債務が不履行となった場合の立証責任の分配(帰責事由を債権者と債務者のどちらに負わせるか)に応じて,債務はそれぞれ,以下の表15-3のように分類できる。
分類の視点 | 債務の種類 | 説明 | |
---|---|---|---|
債務の起源 | 明示の債務 | 当事者の合意から生じる | |
黙示の債務 | (1)契約の目的・性質 (2)当事者間の慣行・慣習 (3)信義則・合理性から生じる |
||
債務の執行 | 与える債務 | 金銭債務 | 最も執行しやすい |
物の引渡債務 | 比較的執行が容易 | ||
なす・なさない債務 | 執行が困難 不履行の場合には,原則として,損害賠償に転化する |
||
証明 | 結果債務 | 債務者が帰責事由のないことを証明しなければならない | |
手段債務(最善の努力義務) | 債権者が債務不履行すなわち帰責事由を証明しなければならない |
上記の表の分類にしたがって,それぞれの債務の種類について,詳しく見ていくことにしよう。
最初の分類は,明示の債務と黙示の債務との区別である。明示の債務とは,たとえば,カメラを購入した場合に,売主と買主との間が取り交わす契約書に,「本製品については,購入の日から1年間,品質の瑕疵に対してM(株)が担保責任を負います。但し,この担保責任は,修理・調整に限定させていただきます。」と書かれている場合のように,売主の債務が明示に示されている場合をいう。
この場合には,売主は,買主に対して,カメラに瑕疵がないこと(通常の用法に適しており,機能不全がないこと)を明示に保証しており,もしも,1年以内にカメラに瑕疵があることが発見された場合には,売主は,瑕疵の修理又は調整をする責任(瑕疵担保責任の一部)を負うことが明示されている。
これに対して,カメラを購入した際に,契約書に,上記のような保証文言が書かれていない場合には,売主は上記のような債務を負わないのであろうか。売主と買主との間で品質保証について,まったく,合意が成立していない場合には,民法91条,92条の反対解釈によって,任意規定である民法570条(売主の瑕疵担保責任)が適用されて,売主は,瑕疵が発見されてから1年間,瑕疵担保責任を負うことになるので,買主は,瑕疵が重大である場合には,契約を解除して代金を返してもらうことができるし,瑕疵が重大でない場合にも,代金に見合わない品質しか得られない場合には,損害賠償を請求できる。しかし,売主と買主との間で,明示ではないが,黙示の合意がある場合には,そのような黙示の合意が契約上の黙示の債務として尊重されることになる(民法92条参照)。
黙示の債務がどのようなものであるかを判断するのに重要な役割を果たすのが,以下に示すように,@契約の目的・性質,A当事者間の慣習・慣行,B信義則・合理性である。
以下において,黙示の債務を導く,@契約の目的・性質,A当事者間の慣習・慣行,B信義則・合理性3つの要素について,順に検討することにしよう。
契約の目的は,それぞれの契約の冒頭条文(定義条文)で明らかにされるのが普通である。例えば,売買契約なら,冒頭条文である民法555条を見ると,「財産権を移転する」とか,「それに対して,代金を支払う」とかいうように,契約の目的や性質から,債務の目的が出てくる。
契約の目的と債権の目的との違いを意識しながら,契約の目的という概念をしっかり理解するために,質疑応答をしてみよう。その前に,典型契約の契約の目的と性質を整理した表15-4をよく見て,契約の目的・性質をしっかり復習しておこう。先にあげた品質保証の例のように,契約の類型ごとの契約の目的と性質から,黙示の債務を認定することが可能となることが多いからである。
典型契約の分類基準 | 名称 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
目的 | 性質 | |||||||
財産権の移転 | 無償 | 片務 | 諾成 | 贈与 | ||||
有償 | 双務 | 諾成 | 売買 | |||||
交換 | ||||||||
物の 利用 を兼 ねた 財産 権の 移転 |
価値の 利用と返還 |
不特定物 | 無償 | 片務 | 要物 | 消費 貸借 |
||
有償 | ||||||||
無償 | 片務 | 消費 寄託 |
||||||
有償 | 双務 | |||||||
物の利用 | 特定物 | 無償 | 片務 | 要物 | 使用 貸借 |
|||
有償 | 双務 | 諾成 | 賃貸借 | |||||
労 務 の 利 用 |
従 属 |
時間的 拘束 |
有償 | 双務 | 諾成 | 雇傭 | ||
独 立 |
仕事の 完成 |
有償 | 双務 | 諾成 | 請負 | |||
仕事を 委ねる |
無償 | 片務 | 諾成 | 委任 | ||||
有償 | 双務 | |||||||
物を 預ける |
無償 | 片務 | 要物 | 寄託 | ||||
有償 | 双務 | |||||||
物と 労務 との 結合 |
事業を営む | 有償 | 双務 | 諾成 | 組合 | |||
年金を 給付する |
無償 | 片務 | 諾成 | 終身 定期金 |
||||
有償 | 双務 | |||||||
紛争の解決 | 有償 | 双務 | 諾成 | 和解 |
黙示の債務の発生原因として,次に見ていくのは,事実たる慣習(慣習又は慣行)である。慣習や当事者間で確立した慣行は,当事者の意思が明らかでない場合に,黙示の債務となる。この点に関しては,民法92条が重要である。
第92条(任意規定と異なる慣習)
法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において,法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは,その慣習に従う。
民法92条の文言によると,慣習に従うという意思があるときのみそれに従う。しかし,意思がないときが問題となる。この場合を補う大審院の判例があって,当事者の意思がよく分からないときには,立証責任を転換し,証明がない限り,民法92条により,慣習に従うという意思があると推定されるというものである(大判大10・6・2民録27輯1038頁[民法判例百選T〔第5版〕第16事件〕(「塩釜レール入れ」事件))。このように,民法92条の意義は,意思がはっきりしないときには慣習に従うという意思があると推定されるという点に意義がある。
黙示の債務については,さらに,信義則とか相当性という考え方を使って判断する場合がある。契約条項にないが,当事者が黙示の意思を有しており,そのような合意があると判断するというのがその例である。黙示の意思というのは,当事者の意思解釈の問題に帰着するが,黙示の意思の内容は,ほとんどの場合,任意規定と一致するように解釈されるか,民法1条2項をうまく使って,当事者は信義誠実に従って,権利を行使しなければいけないのだから,その契約条項には書かれていないが,当事者間の協力義務とか,損害の軽減義務とかの黙示の債務によって,契約条項が制限されているという解釈がなされることになる。
強制執行が容易かどうかという観点から債務を分類する方法がある。わが国の民法の履行強制の条文(民法414条)と民事執行法との関係を考えると,民事上の債務は,民法400条〜405条に見られるように,引渡債務,特に,強制執行との関係では金銭債務を中心に構成されているといえよう。
債務の種類 | 民法 | 民事執行法 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
作為債務 | 引渡債務 | 金銭債務 | 402条〜405条 | 414条1項 (直接強制) |
43条〜167条 (金銭債務の執行) |
|
物の引渡債務 | 特定物の引渡債務 | 400条 | 168条〜170条 (動産・不動産の引渡の執行) |
|||
種類物の引渡債務 | 401条 | − | ||||
行為債務(引渡以外の作為債務) | 623条〜666条 | 414条2項 (代替執行) |
171条(代替執行の手続き) 172条,173条(間接強制) |
|||
不作為債務 | 騒音を出さない, 住居に侵入しない, 競業しない等の債務 |
414条3項 (差止めを含む適当な処分) |
物の引渡債務を目的物の抽象度(価値だけに注目しているか,それとも,目的物の個性に注目しているか)の高い順に並べると,金銭債権(債務),種類債権(債務),特定債権(債務)となる。抽象度の高い債務ほど,債務者の責任は厳しくなる。
最高裁の判例解説の中には,特定債権と種類債権との間の目的物の抽象度の差を見誤り,特定債権よりも抽象度が高いが,種類債権ほどでなない債権のことを制限種類債権と呼び,債務者の注意義務を特定債権の場合よりも軽減されるとするものがある(最三判昭30・10・18民集9巻11号1642頁:漁網用タール事件に関する調査官解説)。古い判例解説なので,そのまま鵜呑みにするのではなく,批判的に検討する必要があると思われる。
最三判昭30・10・18民集9巻11号1642頁(漁網用タール事件)
売買契約から生じた買主たるXの債権が,通常の種類債権であるのか,制限種類債権であるのかも,本件においては確定を要する事柄であって,例えば通常の種類債権であるとすれば,特別の事情のない限り,原審の認定した如き履行不能ということは起らない筈であり,これに反して,制限種類債権であるとするならば,履行不能となりうる代りには,目的物の良否は普通問題とはならないのであって,Xが「品質が悪いといって引取りに行かなかった」とすれば,Xは受領遅滞の責を免れないこととなるかもしれないのである。すなわち本件においては,当初の契約の内容のいかんを更に探究するを要するといわなければならない。
調査官解説(三淵乾太郎「判解」109事件・曹時7巻12号88頁)
原審は溜池に貯蔵してあったタールが全部減失したことを認定し,これを乙(Y)の責に帰すべき事由による履行不能と見ているが,種類債権の場合と異なり,この場合は原判示の如く履行不能というべきである。ただ乙(Y)は善良なる管理者の注意義務を負うものではないから(400条),特別の事情のない限り,右不能は乙(Y)の責に帰すべき事由に因るとは云えないであろう。
ところで,引渡債務に関しては,フランスでは,「与える債務」か,「なす・なさない債務」かで分類しており,わが国でも,この分類が有用であるとされている。(平井宜雄『債権法総論』〔第2版〕弘文堂(1994)15頁参照)
与える債務(Obligation de donner)」と「なす・なさない債務(Obligation de faire ou de ne pas faire)」との区別は,強制履行の方法の差異を説明するために我妻(「作為又は不作為を目的とする債権の強制執行」『民法研究X』有斐閣(1966)所収)によって導入された分類であって,フランス民法上,契約から生じる債務に関する最も基本的な分類(フランス民法1101条,1136条以下,1142条以下)に依拠したものであるとされている。
実際の条文を見てみよう。
フランス民法第1101条(契約から生じる債務の種類:与える債務,なす・なさない債務)
契約とは,一人若しくは複数人が,他の一人又は複数人に対し,ある物を与える債務,あることをなす債務又はあることをなさない債務を負う合意である。
フランス民法第1136条(与える債務の目的)
与える債務には,物を引き渡す債務及びその引渡に至るまで物を保存する債務が含まれる。この義務に違反した場合には,債務者は債権者に対して損害を賠償する責任を負う。
以上のように,フランス民法では,「与える債務」には,当然に,「引渡債務」が含まれること,さらに,引渡までの間の目的物の「保存義務」も含まれることが明文で規定されている。
わが国の場合にも,債務の種類を,強制履行の難易で分類することができる。民事執行法というのは,ほとんどが金銭債務に関する規定である。それ以外は,ほとんど数条か1条で終わる。与える債務(財産権の移転を伴う引渡債務),特に,金銭債務の執行が最も簡単である。執行の容易性というところから,分類したら,与える債務とその他の債務(なす・なさない債務)とに分類できる。
債務の種類 | 債務の目的 | 日本民法との対比 | |||
---|---|---|---|---|---|
与える債務 | 財産権移転債務(ただし,特定物の場合には,合意のみで財産権は移転する) | 物の引渡債務 | 物の保存債務 | 民法400条(特定物の引渡債権) 民法401条(種類債権) 民法402条〜405条(金銭債権) 民法414条1項(直接強制) |
|
なす・なさない債務 | なす債務 | 財産権を移転する債務以外の作為債務 (賃貸借・運送契約等の場合の物の「引渡債務」も含まれる) |
民法414条2項(代替執行) | ||
なさない債務 | 財産権を移転する債務以外の不作為債務 | 民法414条3項 (差止めを含む適切な処分) |
近代では,一般論として,人間の労務に関する債務(なす・なさない債務)を強制することが認められない。だから,コモン・ロー(英米法)では,特定履行(specific performance)は例外的にしか認められておらず,損害賠償しかできないとされている。
ところで,フランスでは,なす債務ばかりでなく,なさない債務も強制履行を認めないのはなぜだろうか。
フランス民法第1142条(なす債務・なさない債務の不履行の場合の原則)
債務者側の不履行の場合には,なす債務,または,なさない債務は,すべて損害賠償に転化する。
フランス民法第1143条(なさない債務の不履行の場合の例外)
前条の規定にもかかわらず,債権者は,約束に違反してなされた物に対して,債務者の費用で,次の各号のいずれかを請求する権利を有する。ただし,損害賠償の請求を妨げない。
一 その物を取り壊すこと
二 債務者の費用でその物を取り壊すことの許可
フランス民法第1144条(なす債務の不履行の場合の例外)
不履行の場合には,債権者は,前条のほか,債務者の費用で,自ら債務を履行することの許可を得ることができる。
「なさない債務」(不作為債務)というのは,強制履行の段階では,結局は,作為と似たようなことになる。例えば,夜10時を過ぎても,マンションの隣家がピアノを引き続けている。夜10時以降は,演奏を止めろという差止請求の場合を考えて見よう。騒音を出すなといっても出し続けているときの差止めの内容は,どうなるか。夜中までピアノを弾きたいのならほかのことをしろ,たとえば,ピアノを消音できるタイプのものに買い換える,または,その部屋に防音設備を作る(「なさない債務」と同じ目的を達成できる別の「なす債務」の履行)ということになる。
このような不作為の強制履行について,わが国も,民法414条3項において,同様の規定をおいている。例えば,裁判になった例として,深夜までカラオケを鳴らし続けているという事例に対して,カラオケ装置を撤去(除去)せよとの命令,または,防音設備を作れとの命令が出されている。このように,「〜するなという債務」を履行させることは難しいから,出したものは除去する,または,その予防措置として,出さない装置を作れという,「不作為に代わる作為命令」で処理していくことになる。
「なさない債務」について民法414条3項の意味を検討したので,今度は,「なす債務」について比較法的な検討をしてみよう。
講師:フランス民法では,「なす債務」を債務者が任意に履行しないときは,強制履行はあきらめて,原則として,損害賠償で処理することになっています(フランス民法典1142条)。では,日本ではどうしているかな。
学生G:民法414条1項で,強制履行を許しています。
第414条(履行の強制)
@債務者が任意に債務の履行をしないときは,債権者は,その強制履行を裁判所に請求することができる。ただし,債務の性質がこれを許さないときは,この限りでない。
講師:そうかな。確かに,物の引渡しなら,強制履行のうちで最も強力な直接強制が許される(414条1項)。しかし,なす債務の中心は,引渡債務以外の作為債務,例えば,絵を描いてもらう等の労務の提供に関する債務ですね。この点については,表15-5に戻って復習しておいてください。さて,そのような労務の提供債務の強制は,人格に関わる問題なので,民法414条1項で規定されている直接強制にはなじまないとして,これを許さないということになっているのではないですか。民法414条1項ではなく,2項を読んでみてください。
第414条(履行の強制)
A債務の性質が強制履行を許さない場合において,その債務が作為を目的とするときは,債権者は,債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし,法律行為を目的とする債務については,裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。
講師:日本では,フランスとは異なり,なす債務の場合でも,原則として,強制履行が許されている。もっとも,なす債務について強制執行をやることになると奴隷契約と同じになるから,「直接強制」は認めず,他の人にやらせて,費用だけとることができるという「代替執行」のみが認められるということになっているのですね。これが,民法414条2項の意味です。このことについてどう思いますか。裁判所が他の人にやらせるというのは効率的でしょうか?
学生G:考えたことはないです。
講師:うーん,難しいか。では,次の人。
学生H:代替執行は,他の人に債務を履行させているのと同じだから,損害賠償と同じである。だから,解除すればよいのではないでしょうか。
講師:そうですね。債務者がなす債務を任意に履行しないのなら,解除して,本当にやってくれる人と契約する。そして,解除は損害賠償を妨げないから,遅延損害賠償と,新たに契約する費用は,債務者から,損害賠償として支弁させることができる。これは,民間活用(市場原理に従って民間でやれることは,民間でやる)の考え方なんです。確かに,フランスでも,日本と同様,債務者の費用で他人になす債務を実現させるという方法が取れるのですが(フランス民法1144条),これを強制履行と考えるのか,代物弁済と考えるのか,なす債務の損害倍債務への転化という原則に戻って,損害賠償の一種に過ぎないと考えるかについては,争いがあるようです。
わが国の民法414条2項の考え方は,損害賠償ではなく,強制履行を裁判所に頼むという考え方である。つまり,裁判所が命令し,他の人にやらせ,費用は債務者が払えというものである。しかし,裁判所にやってもらうのと,市場原理にゆだねるのと,どちらが現代の発想に合致しているかということになると,民間でやれることは民間でという考え方も十分に成り立つ。そうだとすると,民法414条2項は,なるべく適用せず,解除と損害賠償で片付けるべきだという解釈を採用する方が経済的合理性を実現できることになる。
この考え方をさらに極端にまで推し進めたのが,英米法である。英米法の場合,債務者が任意に履行しない場合,一般論として,履行を強制することを認めない。例外的に,エクイティ裁判所だけが,特別の場合に限って,特定履行(specific performance)を認める。それ以外は,履行強制を認めず,すべて,損害賠償の問題として解決する。いわば,当事者は,「契約を破る自由」があるとまでいわれている。あとは,損害賠償の問題として解決するという考え方である。
以上の点について,比較法的なまとめをすると以下のようになる。フランス民法では,人間の意思に関わらない抽象的な債務である「与える債務」の場合(わが国でいう,金銭債務や物の引渡債務の場合)には,強制履行のうち,もっとも強制力が強い直接強制を認める。しかし,債務者の意思に関わる「なす・なさない債務」の場合には,強制履行を認めず,解除と損害賠償を組み合わせて解決する。日本では,なす債務の場合でも,履行強制(ただし直接強制ではなく,代替執行)を認める(民法414条2項)。しかし,その実体は,他の人にやらせ,費用を請求するということに過ぎない。しかし,これが効率的かというと,疑問がある。民法414条2項を後生大事にする必要はない。むしろ,強制履行に頼るのではなく,債権者に契約の解除を認めて,他の人と再契約するという市場原理に基づく解決策もありうる。これを実現しているのが英米法だということになる。こういう形で,414条2項を批判している教科書は見当たらないけれども,法と経済学の観点からは,厳しい批判にされされるのではないだろうか。いずれにせよ,このように,英米法,フランス法,日本法とを比較してみれば,立場の違いが明確になり,民法414条に規定されている強制履行の関する理解が深まると思う。
最後に,結果まで約束する債務(結果債務)と,結果までは約束しないが,結果に向けて最善の努力をする債務(手段債務)との区別について検討する。この2つの債務の区別は,フランス民法に起源をもつものであるが,2つの債務の区別が,帰責事由の立証責任について異なる結果を導くことから,医療過誤訴訟を中心に,大きな関心を集めている。
その理由は,後に詳しく説明するが,その概略を説明すると以下の通りである。
このようにして,手段債務の場合には,債務不履行の立証責任に関して,不法行為と同様,被害者(債権者)が加害者(債務者)の帰責事由(過失)を立証しなければならないことになる。このことは,医療過誤訴訟を提起する場合に,不法行為を原因とするか,債務不履行を原因とするかで,立証責任が大きく異なるという不都合をなくすことができることを意味する。このことは,医療過誤訴訟を担当する実務家から歓迎を受けることになった。
結果債務と手段債務との区別は,UNIDROIT国際商事契約法原則において,以下のように,非常にわかりやすく定義されている。
UNIDROIT Article 5.4 - 特定の結果の到達義務(結果債務),最善の努力義務(手段債務)
(1) 当事者の債務が,特定の結果を達成する債務とかかわる場合には,その限りにおいて,その当事者は,その結果を達成するように義務づけられる。
(2) 当事者の債務が,ある行為の履行につき,最善の努力をする債務とかかわる場合には,その限りにおいて,その当事者は,同種の合理的人間が同じ状況において為すであろう努力をするように義務づけられる。
結果債務といえば,売買契約や請負契約から生じる債務がその典型である。請負の場合,仕事が途中までしかできていない場合には,報酬を請求できない。旅客運送契約も請負契約の一種なので,目的地まで安全に送り届けるという義務がある(仕事の完成義務)。したがって,タクシー料金も,目的地についてからしか請求できない。「目的地までの道がわからなくなったので途中で降りてください。しかし,途中までのメーターの金額を払ってください」といわれても,お客は料金を払う必要はない。このように考えると,結果まで約束しているのか,それとも,最善の努力を尽くすことだけを約束しているのかが重要な問題となる。
結果債務と対比される手段債務というのは,結果までは約束しないで,結果に向けて最大限の努力をしますという債務である。医師は,病気を治しますとは言わない。病気が治るように,最善の努力をしますとしか言わない。医師だけでなく,弁護士も,顧客に対して,裁判に絶対勝ちますとは言わなない。考えてみれば,この法科大学院も同じである。新司法試験に受からせてあげますとはいわない。講師は,学生が新司法試験に受かるように最善の努力を尽くす。けれども,受かるかどうかは,学生の努力次第にかかっているというわけである。
さて,結果債務なのか,手段の債務かをどう区別するのか。この問題は,従来の要件事実教育では,とても扱えない。というのは,従来の要件分類とは異なる方法で要件が立てられているからである。この問題についても,UNIDROIT契約法原則が参考になる。
UNIDROIT Article 5.5 - 関連する義務の種類(結果債務か手段債務か)の決定
当事者の債務が,どの程度まで,行為の履行における最善の努力債務または特定の結果の達成債務とかかわるのかを決定するに際しては,とりわけ,以下の各号の要素が考慮されなければならない。
(a) 契約の中でその債務がどのように表示されているか
(b) 契約の価格,および,価格以外の契約条項
(c) 期待されている結果を達成する上で通常見込まれるリスクの程度
(d) 相手方がその債務の履行に対して及ぼしうる影響力
要件と効果を一対一に対応させてきたのが,従来の要件事実論であった。しかし,そんな単純な要件論では,具体的に妥当な解決が望めなくなってきている。そこで,要件と効果とを一対一に対応させることとあきらめ,上記のように,効果を発生させる要件を判断する際に,考慮すべき事項を事前に明確にしておき,実際の事件が生じた場合には,その考慮要素を総合的に判断して,要件が具備されているかどうかを判断するというのが新しい要件の考え方(世界的な潮流)である。
エステ契約(理容・美容契約)のうちの痩身契約を例にとって,その債務が,結果債務なのか,手段の債務なのかを区別する考慮要素(a),(b),(c),(d)を具体的に検討してみよう。
(a)表示:1ヶ月で10キロ必ずやせますと表示されているとしよう。
(b):1月10万円という値段が設定されているとしよう。
(c)リスク:100キロの人が来て,10キロやせさせるとすれば,合理的だろう。しかし,20キロの人が来て,10キロやせさせるとすると,多分,リスクが高すぎる。10キロもやせたら死んでしまうだろう。
(d)相手方の影響力:債務者の方で10キロやせるすばらしいプログラムを作成しても,債権者の方で,間食をどんどんしてしまったのでは,債務は実現できない。痩身の場合には,このように,相手方の影響力が非常に強い。そうだとすると,結果債務ではなくて,手段の債務の方に針が振れる。これは,教育契約にもあてはまる。私がいくらすばらしい講義をしても,睡眠不足で,学生が寝てたのでは,効果は期待できない。
こういう要件の組み立て方は,従来の要件事実論ではまったく予想されていない。したがって,このような要件を使った条文が多くなると,従来の要件事実教育では,全く対応できない。わが国でも,製造物責任法の欠陥の定義が,一部,このような新しい要件の決め方を採用しているので,この点については,後に説明する。
さて,結果債務と手段債務とを区別することで,どのような利点が生じるかというと,以下の2点をあげることができる。
最初に,結果債務と手段債務とを区別することの第1の利点である,債務不履行の帰責事由をどちらが証明するかを明らかにすることが出来る点について説明する。
債務不履行の場合,履行すべき債務を履行しないということであるから,帰責事由がないことを債務者が証明しないといけない。帰責事由の存否が真偽不明となった場合,不法行為だったら被害者が負けるが,債務不履行だったら債務者が負ける。これが従来の考え方である。しかし,そのような一律の解釈はおかしいのではないかという考えがでてきた。
例えば,医療過誤は,不法行為であると同時に,診療債務の債務不履行だと考えることもできる。もしも,債務の内容が結果の達成ではなく,最高度の注意を払って診療を行うという債務だとすると,債務不履行(内容は帰責事由)の事実は,被害者の方で証明しなければならないのだから,帰責事由が立証できない場合には,不法行為の場合と同様,債務者である医者が勝つと考えるべきではないかという考え方である。
この考え方は,債務不履行を一律に考えるのではなく,債務の目的(内容)を考えて,立証責任も,柔軟に分配するのがいいのではないかという考え方に基づいている。つまり,結果債務の場合には,原則どおり,債務者が帰責事由のないことを立証すべきであるが,手段の債務の場合には,債権者が債務不履行の事由でもある債務者の帰責事由を立証すべきであると考える方が,常に,債務者が帰責事由のないことを立証しなければならないという従来の考え方よりも,はるかに具体的な妥当性を確保できるのではないかというものである。
債務不履行そのもの | 債務不履行の帰責事由 | |
---|---|---|
結果債務 | 結果の不履行 | 注意義務の懈怠 |
債権者が不履行を証明しなければならない | 債務者が過失の不存在を証明しなければならない | |
手段債務 | 最善の努力債務の不履行 | 最善の努力義務の懈怠 |
債務者が最善の努力を怠ったことを債権者が証明しなければならない |
このように考えると,診療契約の場合は,圧倒的に手段債務の場合が多いので,医者が有利となる。しかし,これも程度の問題である。例えば,医者といっても歯科医の場合,結果債務である場合が多い。歯を抜くというのであれば,結果を約束していると考えることができる。そうだとすると,歯を抜くのに失敗したという場合には,契約(債務)不履行となる。このように,同じ診療契約に該当するのにも,内容によって,結果債務になる場合もあれば,手段債務になる場合もあるということになる。
運送の場合も,運送途中の事故であれば,結果債務の違反になる。しかし,電車のプラットホームで転んで怪我をした場合,結果債務といっていいかどうかは問題である。プラットホームを安全に維持するというのは,手段債務であることが多い。もっとも,事案によっては,プラットホームをすべらないようにすることが結果債務となる場合もありうるので,リスクをどちらが負うかということを含めて決定しなければならない。このように,結果債務と手段債務の分類は有意義であるが,どちらになるかを決定する作業は,簡単ではない。先にあげた考慮事項(表示,価格,リスク,相手方が結果に及ぼす影響力)を慎重に検討して,いずれの債務に該当するかを決定しなければならない。
こういう複雑な問題について,簡単に割り切って答えを出すのではなくて,類型のいずれに該当するかを決定するに際して,明確な考慮要素を事前に抽出しておいて,それを使って決定しようといのが新しい要件論の考え方である。
実は,日本でも民法の特別法である製造物責任法第2条には,このような要件論がすでに採用されている。製造物責任法における欠陥の要件の考え方がそれである。
いままでの条文であれば,欠陥を定義するだけで終わりだった。ところが,製造物責任法の場合,欠陥の定義をするに際して,いろんな類型を考えて,製造物に欠陥があるかどうかを判断する際の考慮要素が,きちんと書かれている。
製造物責任法第2条(定義)
Aこの法律において「欠陥」とは,当該製造物の特性,その通常予見される使用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して,当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
製造物に欠陥があるかどうかを判断する考慮事項として,@「製造物の特性」,A「通常予想される使用形態」,B「製造物の引渡の時期(流通に置かれた時期)」,C「その他の事情」が列挙されている。例えば,製造物が機械ものの場合,事故が起こっても証拠が残るから,鑑定や証明ができる。化学ものの場合は,それが難しい。
裁判官は,以上のような考慮要素を総合的に判断して,製造物に欠陥があったかどうかの結論を出すことになる。考慮事項(いわゆる間接事実)の存否も,最終的な欠陥の判断も,裁判官が決めるのだから,立証責任がどちらの当事者になるかを決めることはできないし,その必要性もない。以上の考慮事項を考慮して,裁判官が総合的に判断する。つまり,立法者は,製造物に欠陥があるかどうかの判断について,考慮事項の全部をチェックしなければならないという制約の下で,裁判官の判断に委ねることにしている。
新しい要件論の場合,考慮すべき事項はすべて特定されている。ただし,それをどう考慮するかは裁判官に任せるという戦略をとっている。確かに,裁判官を全面的に信頼するのはまずい。しかし,考慮事項を示して,「考慮事項はすべて考え付く指定ください。後の総合判断は裁判官の裁量に任せます」というのは,従来の要件事実教育とは,正反対の方向を目指巣ものかもしれないが,現実的で,かつ,すぐれた解決方法であろう。
最後に,結果債務と手段債務とを区別することの第2の利点を説明することにする。この利点こそが,結果債務と手段債務とを区別することの最大の利点といえるかもしれない。
結果債務と手段債務とを区別することによって,従来から謎とされてきた,債務不履行責任と担保責任とが区別されてきた理由が明らかになる。すなわち,民法が,契約不履行に関する一般規定である民法415条を有しているにもかかわらず,売買契約および請負契約において,さらに,単なる契約責任とは異なる担保責任(結果を保証する責任),すなわち,売主の担保責任(民法561条〜572条),請負人の担保責任(民法634条〜640条)を用意している理由が初めて明らかとなる。
このことを明らかにするのにもっとも適切な判例があるので,それを紹介することからはじめよう。
最一判昭41・9・8民集20巻7号1325頁
他人の権利を目的とする売買の売主が,その責に帰すべき事由によって,該権利を取得してこれを買主に移転することができない場合には,買主は,売主に対し,民法561条但書の適用上,担保責任としての損害賠償の請求ができないときでも,なお債務不履行一般の規定に従って,損害賠償の請求をすることができるものと解するのが相当である。
この判決の結論は妥当なものと思われるが,従来の理論では,この判決の結論を認めることはできない。なぜならば,売主の担保責任を規定する民法561条は,契約(債務)不履行責任の一般法である民法415条の特別法であり,民法415条に優先する関係にある。そして,このことに異論はない。そうだとすると,特別法である民法561条で否定されていることを,一般法である民法415条で覆して肯定するということは絶対にできない。そのようなことを認めたら,一般法が特別法を破ることになり,法理論は根底から覆ってしまうからである。
このように考えると,上記の判例の結論を肯定することは,従来の法理論では不可能であるということになる。ところが,結果債務と手段債務とを区別するという考え方によると,上記の判例の結論を肯定することができる。その図式は以下の通りである。
買主が善意の場合 | 買主が悪意の場合 | |
---|---|---|
売主の債務の種類様 | 目的物の財産権を確実に移転する義務(結果債務) | 他人から財産権の移転を受けるために最善の努力を尽くす義務(手段債務) |
買主の損害賠償請求の根拠 | 民法561条(担保責任という厳格責任) | 民法415条(通常の契約不履行責任) |
上記の判例の結論を肯定することは,民法561条が民法415条の特別法であるということを認める以上,絶対にできないように思われる。しかし,他人物売買における売主の債務は,買主が善意の場合と悪意の場合とで性質が異なるということを認める場合には,以下のようにして,上記の判例の結論を理論的に説明することができる。
以上で,結果債務と手段債務との区別の利点が明らかになったと思われる。ここで大切なことをまとめると,以下の2点に集約できる。
X漁業協同組合は,A社の溜池に貯蔵されているY所有の漁業用タール(3,000〜3,500トン)のうち,2,000トンをYから見積価格49万5,000円で購入することとし,引渡については,買主Xが売主Yに対して必要の都度その引渡を申し出て,Yが引渡場所を指定し,Xがドラム缶を当該場所に持ち込みタールを受領し,1年間で2,000トン全部を引き取るという契約を締結し,手付金20万円をYに交付した。
Yは,Xの求めに応じて10万7,500円分のタールの引渡を行ったが,その後,Xは,タールの品質が悪いといってしばらくの間引き取りに来ず,その間Yはタールの引渡作業に必要な人夫を配置する等引渡の準備をしていたが,その後これを引き上げ,監視人を置かなかったため,A社の労働組合員がこれを他に処分してしまい,タールは滅失するにいたった。
Xは,Yのタールの引渡不履行を理由に残余部分につき契約を解除する意思表示をし,手付金から引渡を受けたタールの代価を差し引いた残金9万2,500円の返還を請求した。Xは,Yの債務不履行を理由に契約を解除して残代金の支払いを免れうるか。反対に,Yは,残代金の支払いを求めうるか。
年月日 | 事実 | 事実の評価 | |
---|---|---|---|
原告X(買主) | 被告Y(売主) | ||
昭和21年2月 | Xは,Yが室蘭市在住の日本製鉄蒲ヨ西製鉄所から買い受け,同社構内の溜池に貯蔵中の漁業用廃タールの内2,000トンを代金49万5,000円(見積単価は,1トン225円)でYから購入する契約を締結した。そして,Xは,Yに手付金20万円を交付した。 | 契約の成立 | |
契約によれば,引渡場所は室蘭港桟橋。また,受け渡し方法は,買主Xが必要の都度数量を指示してその引渡を申し出で,容器であるドラム缶を上記溜池の周辺中,売主Yの指定した場所に持ち込んで受領し,昭和22年1月末までに全部引渡を受けるとの約定がある。 | |||
昭和21年8月末まで | Yは,Xに対して434トン,価額にして,10万7,500円分のタールを引き渡し,Xはその引渡を受けた。 | 契約の一部履行 | |
昭和21年9月 | タールの品質が悪いといって,引き取りにいかなかった。 | タールの引渡作業のため,人夫14,15名を配置し,凝結防止のためタールの溜池にスチームを引き込んで,引渡の準備をしていた。 | 目的物は特定したか? 買主の受領遅滞となるか? |
昭和21年10月頃 | 費用が嵩むことから,上記スチームを取り外し,人夫も引き上げ,監視人も置かなかった。 | 売主の過失となるか? | |
昭和21年冬 | 日本製鉄で労働争議があり,組合員が本件タールを他に処分し,タールは滅失。 | 目的物の滅失 | |
昭和24年10月12日 | 内容証明郵便で,郵便到着後10日以内にタールの引渡場所をXに通知すべき旨の履行の催告を行う。 | 引渡場所を指定せず。タールの引渡もできず。 | 買主による履行の催告 |
昭和24年11月15日 | 内容証明郵便にて,残余部分について契約を解除する意思表示を行う。 | 買主による契約の解除 | |
Xは,Yに対して手付金から引渡を受けたタール代金10万7,500円を差し引いた残金9万2,400円の返還と遅延利息を請求。 | 訴訟上の請求 |
「Xは昭和21年2月Yから漁業用タール2,000トンを,見積り価格金495,000円で買い受けることを約し,その受渡の方法は,買主たるXが必要の都度その引渡方を申し出で,売主たるYにおいて引渡場所を指定し,Xがその容器であるドラム缶を該場所に持ち込み,右タールを受領し,昭和22年1月末日までに全部を引き取ることと定め,Xは契約とともに手附金200,000円をYに交付したこと,右タールは,Yが室蘭市所在の日本製鉄株式会社から買い受けてこれをXに転売したものであつて,同会社の輪西製鉄所構内の溜池に貯蔵したものであり,Yは約旨に従い引渡場所をXに通知し,昭和21年8月までに代金107,500円に相当するタールの引渡をなしたが,その後になつて,Xはタールの品質が悪いといつてしばらくの間引取りに行かず,その間Yは,タールの引渡作業に必要な人夫を配置する等引渡の準備をしていたが,同年10月頃これを引き揚げ,監視人を置かなかったため,同年冬頃同会社労働組合員がこれを他に処分してしまい,タールは滅失するにいたった。」
原審は,以上のことを認定した上,売買の目的物は特定し,Yは善良なる管理者の注意を以てこれを保存する義務を負っていたのであるから,その滅失につき注意義務違反の責を免れず,従って本件売買はYの責に帰すべき事由により履行不能に帰したものとし,Xが昭和24年11月15日になした契約解除を有効と認め,前記手附金からすでに引渡を終えたタールの代価を差し引いた金額に対するXの返還請求を認容した。
原審は,…売買の目的物は特定し,Yは善良なる管理者の注意を以てこれを保存する義務を負っていたのであるから,その滅失につき注意義務違反の責を免れず,従って本件売買はYの責に帰すべき事由により履行不能に帰したものとし,Xが昭和24年11月15日になした契約解除を有効と認め,前記手附金からすでに引渡を終えたタールの代価を差し引いた金額に対するXの返還請求を認容したものである。
以上の判断をなすにあたり,原審は,先ず本件売買契約が当初から特定物を目的としたものかどうか明らかでないと判示したが,売買の目的物の性質,数量等から見れば,特段の事情の認められない本件では,不特定物の売買が行われたものと認めるのが相当である。
そして右売買契約から生じた買主たるXの債権が,通常の種類債権であるのか,制限種類債権であるのかも,本件においては確定を要する事柄であって,例えば通常の種類債権であるとすれば,特別の事情のない限り,原審の認定した如き履行不能ということは起らない筈であり,これに反して,制限種類債権であるとするならば,履行不能となりうる代りには,目的物の良否は普通問題とはならないのであって,Xが「品質が悪いといって引取りに行かなかった」とすれば,Xは受領遅滞の責を免れないこととなるかもしれないのである。すなわち本件においては,当初の契約の内容のいかんを更に探究するを要するといわなければならない。
つぎに原審は,本件目的物はいずれにしても特定した旨判示したが,如何なる事実を以て「債務者ガ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ」たものとするのか,原判文からはこれを窺うことができない。論旨も指摘する如く,本件目的物中未引渡の部分につき,Yが言語上の提供をしたからと云って,物の給付を為すに必要な行為を完了したことにならないことは明らかであろう。従って本件の目的物が叙上いずれの種類債権に属するとしても,原判示事実によってはいまだ特定したとは云えない筋合であって,Yが目的物につき善良なる管理者の注意義務を負うに至ったとした原審の判断もまた誤りであるといわなければならない。
要するに,本件については,なお審理判断を要すべき,多くの点が存するのであって,原判決は審理不尽,理由不備の違法があるものと云うべく,その他の論旨について判断するまでもなく,論旨は結局理由があり,原判決は破棄を免れない。
原審は溜池に貯蔵してあったタールが全部減失したことを認定し,これを乙(Y)の責に帰すべき事由による履行不能と見ているが,種類債権の場合と異なり,この場合は原判示の如く履行不能というべきである。ただ乙(Y)は善良なる管理者の注意義務を負うものではないから(400条),特別の事情のない限り,右不能は乙(Y)の責に帰すべき事由に因るとは云えないであろう。
そうとすれば本件は「当事者双方ノ責二帰スべカラザル事由二因リテ債務ヲ履行スルコト能ハザルニ至リタルトキ」に該当するものとして,民法五三六条一項により,危険は債務者たる乙(Y)が負担すべきものであるかの如き観がある。
しかし甲(X)が受領遅滞にあるときは,492条(弁済提供の効果)の関係で536条1項を適用することは衡平の原則に合わないので,学者は一般にこの場合は,同条2項にいわゆる債権者の責に帰すべき事由による不能があるとして同項を適用せんとする(末川・契約総論144頁,柚木・債権法総論下230頁,鳩山・総論181頁,なお我妻・総論131頁,各論112頁も結論は同じだが,同氏は受領遅滞には債権者の過失を要するとするから,本件の場合には引用しえない)。
かくてこの場合には,結論は原審と逆となり,甲(X)の請求は排斥される可能性が強い。
Yは前記会社より前記製鉄所構内にある溜池中正門から入り左側に存する特定の一溜池に貯蔵してあつた廃タール全量(約3千トンないし3千5百トン)を買受けていたもので,Xに対する本件売買においては右の特定の溜池に貯蔵中のタール全量約3千屯ないし3千5百トン中2千トンがその目的物とされたものであることが認められるのであるから,右売買契約から生じた買主たるXの債権は制限種類債権に属するものというべきである。そして,前段認定の事実によれば,YはXが残余タールの引渡を申し出で容器を持参すれば直に引渡をなしうるよう履行の準備をなし,言語上の提供をしただけであって,Xに引渡すべき残余タールを前記溜池から取り出して分離する等物の給付をなすに必要な行為を完了したことは認められないから,残余のタールの引渡未済部分は未だ特定したと云い得ないけれども,前認定の如く,右引渡未済部分も含めて右特定の溜池に貯蔵中のタールが全量滅失したのであるから,Yの残余タール引渡債務はついに履行不能に帰したものといわなければならない。
そこで,右履行不能がYの責に帰すべき事由によるものであるかどうかについて考えるのに,本件残余のタールが特定するに至らなかったことは前叙のとおりであるから,Yは特定物の保管につき要求せられる善良な管理者の注意義務を負うものではない。ただ,本件の如く,特定の溜池に貯蔵中のタールの内その一部分の数量のタールの引渡を目的とする制限種類債権にあっては,通常の種類債権と異なり給付の目的物の範囲が相当具体的に限定せられているから,その限定せられた一定範囲の種類物全部が滅失するときは,目的物の特定をまたずして履行不能が起りうるので,少くとも債務者はその保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を負うと解すべきところ,これを本件についてみるのに,当審における控訴本人尋問の結果(第一,二回)によればYは前認定のように溜池からスチームを取外し人夫を引揚げた後は,本件溜池に貯蔵中のタールの保管について監視人を置く特等別の措置をとらなかったけれども,右溜池は前記輪西製鉄所の構内にあり,右製鉄所の出入口には昼夜引き続き右製鉄所の守衛が配置され,第三者がみだりに右構内に出入することはできない状況にあったので,Yは格別の保管措置を講ぜなくとも盗難等による滅失の虞れはないものと判断して会社の管理下に委ねたもので,漫然野外に放置して,目的物を捨てて顧りみなかったものではないことが窺われるので,本件目的物の性質,数量,貯蔵状態を勘案すれば,Yとしては本件タールの保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を十分つくしたものと認めるのが相当であって,この点についてYに右注意義務の懈怠による過失はなかったものと云わなければならない。
その他右滅失につきYの故意又は過失を認めるに足るべき何等の証拠がない。しからば,XがYに対しなした債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示は無効であって,これを前提とする本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。よって,右請求を認容した原判決はこれを取消し,Xの請求を棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
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