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第21回 契約解除の要件の分析と再構成

作成:2006年9月18日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


債務不履行の救済手段の1つである契約解除について,その要件を統一的に把握することが今回の講義のねらいである。

従来の見解では,解除の要件として,@債務不履行があることのほかに,A債務者に帰責事由があることが要求されてきた。特に,履行不能の場合には,債務者に帰責事由がないならば,解除できず(民法543条),危険負担の問題(民法534条以下)となるとされてきた。ただし,不完全履行の特則である売主の担保責任の場合には,債務者の帰責事由を必要としないという例外が存在する(民法561条以下)。さらに,履行遅滞の場合には,その他の要件として,B相当期間を定めた催告が必要とされるが(民法541条),履行の時期が重要となる定期行為の場合には,その催告が不要となるというように,解除の要件は非常に複雑であった。

この講義では,解除の要件に関する世界的な動向を踏まえた上で,わが国の民法の解除の要件を再構成し,解除の要件は,「債務不履行によって契約目的が達成できない場合」という統一要件であることを論証する。そしてそのような要件への再構成に伴って生じる継続的な契約関係の解除の要件との親和性,危険負担の問題点の解消の問題について検討する。

契約の流れにおける契約不履行の位置

1 解除の要件に関する国際的な動向


解除の要件を論じるに際しては,国連国際動産売買条約(CISG)がもたらした影響を無視することはできない。アメリカ合衆国,ドイツ,フランス,カナダ,イタリア等の先進諸国,ロシア,中国等の社会主義諸国,開発途上国を含めた世界の57カ国が加盟しているこの条約によって,大陸法と英米法の壁が乗り越えられ,世界に共通する統一的な契約法の可能性が開かれたからである。特に,解除の要件を重大な契約違反があるときというように,単一要件に纏め上げたことは,各国の契約法の進展に大きく貢献することとなった。

A. 国連国際動産売買条約(CISG, 1980)成立の衝撃

1980年に成立し,1988年に発効した国連国際動産売買条約(CISG: United Nations Convention on Contracts for the International Sales of Goods)は,大陸法と英米法の融合が可能であることを示した画期的な国際契約である。この条約が「ウィーン統一売買法」とも呼ばれている理由は,CISGの加盟国の売買契約法が,この条約にしたがって,統一化へと向かうことが期待されているからである。CISGに加盟したドイツが,国内取引に適用されるドイツ民法典と国外取引に適用されるCISGとの格差を埋めるためにも,また,EUにおける統一契約法起草の動向に歩調を合わせるためにも,CISGの精神を受け入れて債務法改正(2002年)を実現させたのは,まさに,このような流れを示すものといえよう。

CISGの成立(1980)とその発効(1988)は,債務法の歴史にとって,ベルリンの壁の崩壊に匹敵するものといえるかもしれない。CISGによる統一売買法の成立は,越えられないと考えられてきた大陸法と英米法の壁を突き破ることに成功した点ばかりでなく,大陸法と英米法を融合する過程で,いずれの側も,大きな変革を迫られることになったという点で,ベルリンの壁の崩壊の結果と通じるものがあるからである。

B. 大陸法と英米法の融合

CISGによって大陸法と英米法とが融合された具体的な例を見てみることにしよう。最も適切な例は,おそらく,契約解除の要件を規定したCISG49条1項であると思われる。

CISG第49条【買主による契約解除権の発生・消滅要件】

(1)買主は,次のいずれかの場合には,契約を解除することができる。
 (a)契約またはこの条約に基づく売主の義務のいずれかの不履行が,重大な契約違反を構成する場合。
 (b)引渡の不履行の場合であって,第47条第1項の規定に基づき買主が定めた付加期間内に,売主が,商品を引き渡さない場合,またはこの期間内に引渡をしないことを売主が表明した場合。

CISGは,両者を以下のようにして融合することに成功した。第1に,英米法で形成された契約解除の法理(fundamental breach of contract)を一般原則として(a)項で採用し,第2に,履行遅滞に関してドイツ法が形成してきた付加期間(Nachfrist)の制度(旧ドイツ民法326条)を一般原則の具体例として(b)項で採用した。このようにして,CISGは,解除の要件として,英米法起源の一般規定とドイツ法起源の特別規定とをうまく組み合わせ,実務に耐えうる柔軟かつ明確な規定を創設することができたのである。

CISGにおける大陸法と英米法の融合の例
Art. 49(1) CISG
性質 起源
(a) 重大な契約違反 → 解除 一般規定 英米法
(b) 付加期間の設定と催告,付加期間内に引渡しがない → 解除 個別規定 ドイツ法

CISG49条1項の規定は,実に巧妙である。契約解除を主張する当事者は,履行遅滞,履行不能,履行拒絶の場合を問わず,最も確実な方法として,まず,(b)号の要件事実を主張立証することになろう。しかし,たとえ,(b)号の主張ができないと考えられる場合,たとえば,期間内に引渡しがあったが,引き渡された商品に重大な瑕疵があって,通常の使用に耐えない場合であっても,最終的には,(a)号の要件事実を主張立証することによって,契約解除を実現することが可能となる。

C. 債務不履行概念からの帰責事由の分離

CISGにおいて,さらには,今回のドイツ債務法改正においても,債務不履行に基づく解除の要件と損害賠償の要件に関しては,以下のように,損害賠償を請求する場合は債務者に帰責事由が必要であるが,解除を請求する場合には債務者の帰責事由は不要であるとの原則が採用された。

このことから,債務不履行の概念自体には,必ずしも,常に,帰責事由が結びつくとは限らないことが明確にされることになった。債務者に帰責事由がない場合でも,債務不履行の問題として論じることができるようになると,従来,契約責任ではないとされてきたさまざまな問題,たとえば,履行不能につき債務者に帰責事由がない場合の危険負担の問題や,目的物の瑕疵について売主に帰責事由がない場合の瑕疵担保責任の問題も,契約責任の範疇で取り扱うことが可能となることになった。

D. 危険負担の規定の債務不履行への解消

従来,履行不能の場合に,債務者に帰責事由がある場合には,解除ができるが,債務者に帰責事由がない場合には,解除はできず(日本民法543条),その問題は,対価危険に関する危険負担の問題に帰着すると考えられてきた(日本民法534条以下)。

しかし,CISGのように,履行不能の場合において,債務者に帰責事由がない場合でも,解除が可能であるということになると,その問題は,危険負担の問題ではなく,以下のように,解除の問題として処理することが可能となる。

そもそも,危険負担の原則は,債務者主義であり,債務者主義の下では,対価の支払い義務は消滅するのであって結果的には,契約を解除したのと同様の結果が生じる。これに反して,危険負担の例外規定としての債権者主義の下では,対価の支払い義務は消滅せず,結果的には,契約は解除できないとするのと同様の結果が生じる。危険負担における債権者主義が例外とされ,なるべく制限的に解釈すべきだとされているのは,履行が不能となって,契約が意味を失っているのにもかかわらず,契約の拘束力を維持するのと同様の結果が生じているためである。したがって,危険負担の債権者主義は,債権者に帰責事由がある等の特別の場合に制限されるべきであり,そのような場合というのは,原則として解除権を認めつつ,解除権者に帰責事由がある場合には,解除権が消滅すると考えることで十分である(日本民法548条参照)。

いずれにせよ,解除に帰責事由を必要としない制度の下では,危険負担の規定も,原始的不能と後発的不能とを区別し,原始的不能の契約を無効とする規定も不要となり,いずれも解除の規定の中に吸収されることになるのである。

E. 瑕疵担保責任の債務不履行への解消

従来の見解によると,売主の義務は,目的物の財産権を買主へ移転することであり,瑕疵のない目的物を引き渡す義務はないと考えられてきた。そのため,瑕疵担保責任は,契約責任ではなく,特別の法定責任であると考えられてきたのである。

しかし,売買から生じる売主の義務として目的物が商品として適合していることを保証する義務が含まれることが明らかにされたことにより,瑕疵担保責任は契約責任ではなく,契約責任のないところに生じる法定責任であるという考え方を維持することは困難となった。瑕疵担保責任は,契約責任の一適用事例と位置づけられ,瑕疵担保責任に契約責任の規定が適用される余地が拡大することになる。今回のドイツ債務法改正も,まさに,この点を明らかにしている(新433条以下)。


2 わが国の解除の要件の再構成


A. 従来の考え方と新しい視点

日本民法は,債務不履行の損害賠償に関しては,一般規定を有しているにもかかわらず,契約の解除に関しては,ドイツ民法と同様,履行遅滞と履行不能に関する個別規定(民法541条〜543条)しか置いていない。

しかしながら,日本民法の解除に関する規定を詳細に検討してみると,実は,履行遅滞の解除の要件(民法541条〜542条)に関しても,さらに,瑕疵担保責任(民法570条),すなわち,不完全履行に関する解除の要件に関しても,英米法の「重大な契約違反」に匹敵する,重要な要件が規定されていることを発見することができる。

筆者によって再発見された解除の一般要件とは,定期行為に関する解除の規定である民法542条,および,売買目的物に瑕疵がある場合の解除の要件を定めた民法566条(瑕疵担保責任に関する民法570条でも引用されている)に規定されている「契約をした目的を達することができない場合」という共通の要件である。

債務不履行 類型 債務不履行の効果
損害賠償一般 解除と損害賠償
履行遅滞 民法415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
民法541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができる。
民法542条 契約の性質又は当事者の意思表示により,特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において,当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは,相手方は,前条の催告をすることなく,直ちにその契約の解除をすることができる。
履行不能 民法543条 履行の全部又は一部が不能となったときは,債権者は,契約の解除をすることができる。ただし,その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。
不完全履行 民法566条(570条で準用) @売買の目的物が地上権,永小作権,地役権,留置権又は質権の目的である場合において,買主がこれを知らず,かつ,そのために契約をした目的を達することができないときは,買主は,契約の解除をすることができる。この場合において,契約の解除をすることができないときは,損害賠償の請求のみをすることができる。
A前項の規定は,売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
B前2項の場合において,契約の解除又は損害賠償の請求は,買主が事実を知った時から1年以内にしなければならない。
民法551条(596条で準用) @贈与者は,贈与の目的である物又は権利の瑕疵又は不存在について,その責任を負わない。ただし,贈与者がその瑕疵又は不存在を知りながら受贈者に告げなかったときは,この限りでない。
A負担付贈与については,贈与者は,その負担の限度において,売主と同じく担保の責任を負う。

B. 新しい視点に基づく解除の要件の再構成

CISGに触発されて,日本民法の解除の要件に関する共通の要件「契約をした目的を達することができない場合」が発見されると,直ちに,以下のような発想と仮説を得ることが可能となる。

このような発想と仮説からは,従来の考え方とは根本的に異なる,以下のような新しい理論を形成することが可能である。

不履行類型 従来の考え方 新しい考え方
履行遅滞 原則 民法541条 履行遅滞の場合には,相当期間を定めた催告とその期間の経過が必要である。 一般規定と典型例 民法542条 契約をした目的を達することができない場合」には解除ができる。定期行為の場合に催告なしに解除ができるというのは,例外ではなく,「契約目的不達成」の典型例である。
例外 民法542条 定期行為の場合には,例外的に,催告を必要とせずに解除をすることができる。 個別規定 民法541条 相当期間を定めた催告をしたにもかからず,その期間が経過したにもかかわらず,履行がない場合には,まさに,「契約をした目的を達することができない場合」に該当し,契約を解除できる。
履行不能 原則 民法543条 債務者に帰責事由がある場合には解除ができる。 原則 民法541条 履行不能の場合は,当然に「契約をした目的を達することができない場合」に該当するので,常に契約解除権が発生する。
(危険負担の債務者主義の規定は,解除を認めた場合と結果が同じとなるため,不要となる。)
例外 民法534条以下 債務者に帰責事由がない場合には,解除はできない。そして,危険負担の問題となる。 例外 民法548条 履行不能が解除権者の帰責事由によって発生した場合には,解除権は消滅する。
(危険負担の債権者主義の規定は,この規定に吸収される。)
不完全履行 契約総論には規定がない。 原則(有償契約) 民法566条,570条 不完全履行によって「契約をした目的を達することができない場合」にのみ解除ができる。その他の場合には,減額請求,損害賠償請求しかできない。
例外(無償契約) 民法551条,596条 不完全履行があっても,無償契約の場合には,贈与者は,商品性の保証責任を負わないため,「契約をした目的を達することができない場合」には,該当せず,製造物責任等の不法行為責任が生じる場合を除いて,責任を負わない。

この理論は,債務者に帰責事由がある場合とない場合とを区別することなく,すべての債務不履行の類型に対して,「契約をした目的を達することができない場合」(契約目的の不達成)という統一的な解除の要件の下で,有償契約,無償契約を問わず,すべての契約に適用できるという点に特色がある。

この理論は,CISGと同様,債務不履行法の諸問題を,以下のように,すべて整合的に解決できる点でも,画期的な理論であるといえよう。

以上が比較法の成果を取り入れて,わが国の民法の解除の要件を再構成した結果である。このようにみてくると,比較法の成果を立法に生かすということは,決して,ある国の優れた制度を取り入れるという単純な作業ではなく,ある国の優れた制度を裏付けている根本的な考え方を理解し,その国の実情に合わせてその考え方をルールの形で表現しなおす作業であることが理解できる。

ある国の法を参照することは重要であるが,より重要なことは,その国の人々が立法作業と解釈作業でどのような点に注目しているかを参照することの方がより重要である。わが国においても,たとえば,ドイツ法の成果(立法と解釈)を参照するだけでなく,ドイツの学者が行っているように,EU法,英米法への目配りをしながら,独自の立法と解釈を進めることこそが,比較法としての正しい方向であると思われる。


3 再構成された解除の要件の功罪の検討


A. 解除の要件と損害賠償の要件との乖離

わが国の民法の解除の規定に散在していた「契約をした目的を達することができない場合」という要件を抽出し,それをすべての契約解除に共通する統一要件として再構成することは,契約法の体系を単純・明快にすることに資することになる。

その一方で,従来,契約解除の要件と損害賠償の要件とに共通していた「債務者の帰責事由」が解除の要件から外れることによって,解除の要件と損害賠償の要件との差が広がるという問題が指摘されるかもしれない。

しかし,この指摘については,以下の2点によって,問題は生じないと答えることができる。

第1点は,そもそも,解除の要件と損害賠償の要件とは異なっていた。典型的な例は,履行遅滞の場合である。遅行遅滞が生じた時点で,債務不履行が問題となり,債務者には,遅延損害という損害賠償責任が発生する(民法415条)。しかし,債務者に履行遅滞という債務不履行が発生しても,債権者が相当期間を定めた催告をしない限り,契約解除の要件は満たされない(民法541条)。このように,解除の要件と損害賠償の要件とは,もともと異なるものであった。

第2点は,解除の要件と損害賠償の要件との差が生じる原因である。解除は,「契約をした目的が達成されない場合」に,意味を失った契約の拘束から両当事者を解放するものであり,債務者を非難するものではない。

これは,婚姻関係が破綻している場合に,有責配偶者からの離婚請求が認められるようになった経緯を考えると理解が早まる。従来は,契約の解除に相応する裁判上の離婚の場合には,一方当事者に帰責性があることが必要であり,一方の配偶者に帰責性がない場合には,たとえ,婚姻関係が破綻していても,離婚の請求はできず,有責配偶者からの離婚請求はできないと考えられてきた。しかし,昭和62(1987)年に最高裁は大法廷判決によって,離婚を請求する当事者には帰責事由があり,反対に,相手方当事者には帰責事由がなくても,婚姻関係が長期にわたって破綻している場合には,離婚請求が認められるとの判決を下している(最大判昭62・9・2民集41巻6号1423頁)。このことを契約の解除にひき寄せて考えると,契約の解除は,契約目的が達成できない場合,すなわち,意味を失った契約から当事者を解放するのには,債務者の帰責事由を必要としないということにつながる。契約の解除は,損害賠償請求のように,債務者の不履行を非難するものではなく,意味を失った契約から当事者を解放するものなのである。

B. 継続的契約の解除の要件との親和性

契約の解除の要件を債務者の帰責事由を必要とせず,「契約をした目的を達することができない場合」に統一することは,継続的な契約関係における契約解除の要件が,「信頼関係の破壊」へと統一されていることとも親和性がある。例えば,継続的契約関係の典型例である賃貸借契約において,判例は,賃借人に賃料不払い,無断転貸・無断譲渡,増・改築禁止特約の違反,更新料支払義務の不履行等,債務不履行の事実があっても,それだけでは,契約の解除はできず,「信頼関係を破壊する事由」,例えば,背信的行為等がある場合に限って契約の解除ができる。また,「信頼関係を破壊する事由」がある場合には,催告なしに契約を解除することができるとの判断を下している。

このように考えると,契約解除の要件を「契約をした目的を達することができない場合」に統一することは,継続的な契約関係における解除の要件との整合性の観点からも,有用であることが理解できるであろう。

C. 危険負担の規定を解除の規定に取り込むことの問題点とその克服

a) 危険負担の規定の問題点

契約解除の要件を債務者の帰責事由を必要とせず,「契約をした目的を達することができない場合」に統一することは,履行不能の場合において,危険負担の規定を不要とすることを意味する。

債務者に帰責事由がない場合にも,履行不能となった場合(契約目的が達成できない場合)には,契約解除が認められることになるので,危険負担の債務者主義(民法536条)が貫徹されることになる。もともと,危険負担の債権者主義(民法534条)に対しては,批判的な見解が多く,すでに,契約実務では,民法534条の適用を除外する慣行が行われてきた。したがって,契約解除の規定をもって,危険負担の規定に代えることは,従来の学説や実務の方向に対して,理論的な基盤を与えることになる。

また,民法536条2項のように,危険負担の債務者主義を原則としながらも,債権者に帰責事由がある場合には,債権者主義を採用するという考え方は,危険負担に代えて,契約解除を採用した場合にも,実現できる。なぜなら,民法548条は,解除権者に帰責事由がある場合には,解除権が消滅することがあることを規定しているからである。もっとも,危険負担の債務者主義を採用している民法536条は,債務者に帰責事由がない場合の履行不能について,契約解除を認めたのと同じことを実現しているのであるから,民法536条については,適用を制限する必要はないという考え方も十分に成り立つ。

b) 危険負担に関連する民法改正案

このように考えると,契約不履行の救済手段を確保するという立場からは,解釈論としては,危険負担の規定に代えて,解除の規定で代替させるためには,以上のように,民法415条の第2文,民法543条ただし書きを削除したのと同じような解釈を行う必要があることになる。国際的な動向をも視野に入れて,さらに一歩を進めて,立法論を展開するとすれば,民法を改正し,民法415条第2文と民法543条ただし書きを削除するのが望ましいということになる。時代に適応しなくなった危険負担の債権者主義の規定を抹消して,それを契約解除の規定で代替させるための民法改正案の一例を示すとすれば,以下のようになるであろう。

第415条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
改正理由:契約解除には,「契約目的が達成されない場合」ということだけが要件とされ,債務者の帰責事由を要しないとするという考え方を採用する場合には,危険負担の規定は不要となる。それに伴い,契約不履行の一般規定において,危険負担に連動するものとして,「債務者に帰責事由がない場合の履行不能」を特別視する必要もなくなる。したがって,債務者に帰責事由がない場合の履行不能を特別視する民法415条の第2文は,削除されるべきである。
第543条(履行不能による解除権)
履行の全部又は一部が不能となったときは,債権者は,契約の解除をすることができる。ただし,その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。履行の一部が不能となったときであって,それによって契約の目的を達することができない場合も同様とする。
改正理由:債務者に帰責事由がない場合の履行不能について,契約の解除を認めず,危険負担の規定を適用することを企図した民法543条ただし書きの規定は削除すべきである。また,契約解除には,「契約目的が達成されない場合」ということだけが要件とされ,債務者の帰責事由を要しないとするという考え方を採用する場合には,全部不能の場合には,「契約目的が達成されない場合」という要件が自動的に充足されるために,解除の統一要件を挿入する必要がない。しかし,一部不能の場合には,必ずしも,「契約目的が達成されない場合」に該当するとは限らない。したがって,この場合には,解除の統一要件である「契約目的が達成されない場合」を挿入する必要がある。
民法534条民法535条 削除
改正理由:契約解除には,「契約目的が達成されない場合」ということだけが要件とされ,債務者の帰責事由を要しないとするという考え方を採用する場合には,危険負担の規定は不要となる。特に,危険負担の債権者主義の規定である民法543条と目的物の損傷の場合等につき債権者主義を採用する民法534条,535条は削除されるべきである。
第536条(債務者の危険負担等)
@前2条に規定する場合を除き,当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を有しない。
A債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を失わない。この場合において,自己の債務を免れたことによって利益を得たときは,これを債権者に償還しなければならない。

参考文献


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我妻栄『債権各論上巻』岩波書店(1969)。
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浜上則雄『現代共同不法行為の研究』信山社(1993年)。
[曽野,山手・国債売買法]
曽野和明・山手正史『国際売買法』〔現代法律学全集60〕青林書院(1993年)
[内田・債権各論(1997)]
内田貴『民法U(債権各論)』東京大学出版会(1997)。
[加賀山・(書評)部分的因果関係(1999)]
加賀山茂「(紹介)浜上則雄・損害賠償法における『保証理論』と『部分的因果関係の理論』(1)(2完)(民商法雑誌66巻4・5号(1972))」加藤雅信他編『民法学説百年史』三省堂(1999年)592-596頁。
[加賀山・逸失利益(1999)]
加賀山茂「逸失利益(4)−中間利息控除(ホフマン方式)」交通事故判例百選〔第4版〕有斐閣(1999)118頁
[半田・ドイツ債務法現代化法(2003)]
半田吉信『ドイツ債務法現代化法概説』信山社(2003)
[曽野他訳・UNIDROIT契約法原則(2004)]
曽野和明,廣瀬久和,内田貴,曽野裕夫訳『UNIDROIT(ユニドロワ)国際商事契約原則』商事法務(2004)

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