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作成:2006年9月18日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
契約不履行の救済手段として,すでに,強制履行,解除について学んだ。今回は,契約不履行の救済手段としての損害賠償について説明する。
図23-1 契約の流れにおける契約不履行の位置 |
契約不履行の救済手段としての強制履行と解除とは互いに背反的な関係にあり,両者を同時に請求することはできない。これに対して,損害賠償は,その要件さえ満たせば,強制履行とも解除とも両立しうるため,いずれの救済手段とも併用して請求することができる。
もっとも,契約不履行の救済手段の要件については,契約不履行に基づく損害賠償請求の場合には,他の救済手段(強制履行,解除)とは異なり,債務者の帰責事由が要求されることに注意しなければならない。すでに学んだように,強制履行の場合には,契約不履行があれば救済を求めることができるし,解除の場合には,契約不履行によって契約目的が達成できなければ,解除を行うことができる。いずれの場合にも,帰責事由は問題とならない。その理由は,契約の目的を実現するために当事者に強制的に履行させることも,また,契約の目的が実現できないときに当事者を契約の拘束から解放することも,契約の本質的効力である「拘束力」の問題であり,契約に拘束したり,契約の拘束から解放したりする場合に,不履行者の帰責事由が必要とならないからである。
これに対して,契約不履行に基づく損害賠償請求権は,契約の拘束力の問題ではなく,不履行当事者の非難に基礎を置く民事責任(損害賠償責任)の追及の問題である。したがって,帰責事由がない場合には,不履行当事者は免責される。このように,契約不履行に基づく損害賠償請求権は,契約の拘束力を直接の根拠とする他の救済手段(強制履行,解除)とは性質が異なるために,一方で,他の救済手段と常に併用できること,他方で,帰責事由が必要であるという点が,契約不履行に基づく損害賠償請求権の特色となっている。
民事責任には,契約不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)のほか,不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)があり,両者の関係が問題となる。契約関係にある当事者間で生じた問題について責任を追及するのが契約不履行に基づく損害賠償責任であるのに対して,契約関係にない当事者間で生じた問題について責任を追及するのが不法行為に基づく損害賠償責任である。しかし,両者の成立・消滅の要件が異なるため,救済を受けることを望む当事者は,契約関係がある場合でも,不法行為に基づく損害賠償責任を追及することがあるし,契約責任がない場合でも,契約責任に準じた救済を求めることがある。これらの場合に,両者の責任の関係が問題となる。
契約不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権の関係について,法律の条文の段階では競合(並存)しているが,請求権としては,一般法は特別法に吸収され,契約に基づく損害賠償請求権だけが生じるという考え方を法条競合説という。これに対して,法律の条文の段階で競合しているだけでなく,請求権の段階でも,さらには,訴訟上の請求の段階でも両者の並存(競合)を認める説を請求権競合説という。詳しくは,[前田・口述債権総論(1987)223-230頁]を参照のこと。特に,226-227頁の図は秀逸である。
図23-2 請求権競合説と法条競合説の比較 |
裁判所は,裁判所は,契約責任がある場合でも,不法行為に基づく損害賠償責任を認めている(最三判昭38・11・5民集17巻11号1510頁)。
最三判昭38・11・5民集17巻11号1510頁(民法判例百選U第5版(2005)第100事件)
運送品滅失,毀損の場合の運送取扱人ないし運送人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とが競合する場合であって,運送品の取扱上通常予想される事態ではなく,契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様において,運送品の滅失,毀損が生じた場合には,運送取扱人ないし運送人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合が認められる。
さらに,裁判所は,契約責任がない場合でも,社会的接触関係があることを理由に契約責任に類似した安全配慮義務違反等の責任を認めている。
最三判昭50・2・25民集29巻2号143頁(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件)(判例百選U〔第5版〕(2005)第2事件)
国は,国家公務員に対し,その公務遂行のための場所,施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて,国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているものと解すべきである。国家公務員の国に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は,10年と解すべきである。
最二判昭56・2・16民集35巻1号56頁
国の国家公務員に対する安全配慮義務違反を理由として国に対し損害賠償を請求する訴訟においては,原告が,右義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張・立証する責任を負う。
契約不履行責任 | 不法行為責任 | 中間責任(安全配慮義務) | |||
当事者関係 | 契約当事者関係 | 無関係 | 社会的接触関係 | ||
根拠条文 | 民法415条 | 民法709条 | 民法1条2項 | ||
体系上の地位 | 債権総論 | 債権各論 | 民法総則 | ||
帰責事由の証明責任 | 結果債務 | 債務者が免責事由の立証責任を負う(原則) | 一般不法行為 | 債権者(被害者)が帰責事由の立証責任を負う(原則) | 債権者(被害者)が帰責事由の立証責任を負う (最二判昭56・2・16民集35巻1号56頁) |
手段債務 | 債権者が帰責事由の立証責任を負う(例外) | 特別不法行為 (民法714条,715条,718条など) |
債務者(加害者)が免責事由の立証責任を負う(例外) | ||
消滅時効 | 契約の履行期から10年(民法167条1項) | 加害者を知ってから3年,事件の時から20年(民法724条) | 10年(民法167条1項) (最三判昭50・2・25民集29巻2号143頁) |
契約不履行に基づく損害賠償を請求するに際しては,以下のような損害の種類に応じて,賠償額を算定する必要がある。
精神的損害が契約不履行の場合にも賠償の範囲に含まれるかどうかが問題となる。民法412条以下には,不法行為における民法710条に対応する規定が欠けているが,学説・判例(最判昭54・11・13判タ402号64頁)ともに慰謝料を認める傾向にある。
逸失利益とは,もし事故がなければ,被害者が将来にわたって得られたことが確実であるが,実際には,事故によってその機会を奪われた利益のことである。その利益は,将来に得られたであろう利益であるから,本来は,定期金方式によって,将来にわたって徐々に賠償されるべきものである。しかし,加害者の破産や死亡等の危険から被害者を保護するために,わが国では,逸失利益は,一括して賠償請求することが認められている。ただし,将来に得られるであろう利益を現在の時点で一括して請求できるのであるから,将来の利益を現在の価値に換算して請求しなければならない。将来の価値を現在の価値に換算する手続きは,中間利息の控除手続きと呼ばれており,ライプニッツ式,ホフマン式という二方式が一般に使われている。
S(複利) = A1/(1+r) + A2/(1+r)2 + … + An/(1+r)n
これが,ライプニッツ式の原型である。ここで,年収に変動がなく,常に一定であると仮定し,A1= A2 = … = An = A とすると,上の式の各分子は共通となるので,それを前に出すと,残りは等比級数の和としてまとめることができる。これが,ライプニッツ係数であり,ライプニッツ式ができあがる。
S(ライプニッツ) = A×(1/(1+r) + 1/(1+r)2 + … + 1/(1+r)n)
次に,利息を単利計算で算定すると,逸失利益の総額S(単利)は,以下の式で表される。
S(単利)= A1/(1+r) + A2/(1+2r) + … + An/(1+nr)
これが,ホフマン式の原型である。ここで,同様に,年収に変動がなく,常に一定であると仮定し,A1= A2 = … = An = A とすると,上の各分子は共通となるので,それを前に出し,残りの定数の和を計算すると,それがホフマン係数となり,ホフマン式が出来上がる。
S(ホフマン)= A × (1/(1+r) + 1/(1+2r) + … + 1/(1+nr))
ここで重要なことは,ライプニッツ係数もホフマン係数も,年収額が常に一定であるという前提の下にのみ成立する係数であり,年収額が増加したり,減少したりする場合には,そのような係数は利用できないということである。
ライプニッツ係数もホフマン係数も,年収額が一定でない場合には使えないということを,簡単な例を用いて示すことにしよう。
例えば,ある人の年収が,1年目が100万円,2年目が200万円,3年目が300万円,4年目が400万円だとする。この人の逸失利益を複利で中間利息を控除して計算すると,正しくは,864万8,763円(単利計算の場合は,871万2,592円)となる。ところが,年収の平均を先に計算して,ホフマン式,ライプニッツ式を用いると,以下のように,これらの二方式は,正しい中間利息控除計算に比べて20万円前後も多いという大きな誤差が生じる。
また,年収の平均を取らずに,最初の年収を基準に取った場合には,ホフマン式,ライプニッツ方式は,いずれも正しい中間利息控除計算に比べて200万円以上も少なくなるという誤差が生じることも計算によって明らかとなる。
年数 | 年収 | 現価積み上げ方式 | ライプニッツ式 | ホフマン式 |
---|---|---|---|---|
1 | 1,000,000 | 952,381 | 2,380,952 | 2,380,952 |
2 | 2,000,000 | 1,814,059 | 2,267,574 | 2,272,727 |
3 | 3,000,000 | 2,591,513 | 2,159,594 | 2,173,913 |
4 | 4,000,000 | 3,290,810 | 2,056,756 | 2,083,333 |
合計 | 10,000,000 | 8,648,763 | 8,864,876 | 8,910,926 |
反対に,ある人の年収が1年目が400万円,2年目が300万円,3年目が200万円,4年目が100万円だとする。この人の逸失利益を複利で中間利息を控除して計算すると,正しくは,908万0,990円(単利計算の場合は,910万9,260円)となる。ところが,年収の平均を先に計算して,ホフマン式,ライプニッツ式を用いると,以下のように,今度は,正しい中間利息控除計算に比べて,20万円程度も少なくなるという誤差が生じるのである。
また,年収の平均を取らずに,最初の年を基準に使った場合には,ホフマン式,ライプニッツ式のいずれも,正しい中間利息控除計算に比べて,400万円以上も大きくなるという誤差が出ることも計算によって明らかとなる。
年数 | 年収 | 現価積み上げ方式 | ライプニッツ式 | ホフマン式 |
---|---|---|---|---|
1 | 4,000,000 | 3,809,524 | 2,380,952 | 2,380,952 |
2 | 3,000,000 | 2,721,088 | 2,267,574 | 2,272,727 |
3 | 2,000,000 | 1,727,675 | 2,159,594 | 2,173,913 |
4 | 1,000,000 | 822,702 | 2,056,756 | 2,083,333 |
合計 | 10,000,000 | 9,080,990 | 8,864,876 | 8,910,926 |
短期間でも,この程度の誤差が出るのであるから,ライプニッツ式も,ホフマン式も,年収が生涯にわたって一定であることが確実であるという特別の場合を除いて,実務では使ってはならない式であることがわかる[加賀山・逸失利益(1999)118頁]。
これは,ドイツ法がとる分類である。信頼利益の損害賠償とは,不履行当事者が,相手方を,契約の締結をしていなかったならば相手方が置かれたのと同等の状態に置くように,損害賠償をすることである。これに対して,履行利益の損害賠償とは,不履行当事者が,相手方を,契約が適切に履行されていたのと同様の状態に置くように,損害賠償をすることである。
図23-3 信頼利益と履行利益の算定基準時 |
信頼利益の損害賠償の基準点は,契約締結時であって,履行利益が含まれることはありえないが,履行利益の損害賠償の基準点は履行期であるため,転売利益の賠償が含まれることがありうる。
英米法では,損害を,履行利益(expectation interest),信頼利益(reliance interest),原状回復利益(restitution interest)3つに分類している。契約法第2次リステイトメントは,以下のような規定を持っている。詳しくは,樋口範雄『アメリカ契約法』弘文堂(1995)63頁以下を参照のこと。
第344条(救済方法の目的)
本リステイトメントの定める諸ルールに基づいて与えられる裁判上の救済は,受約者(promisee)の有する以下の利益のうちの1つ又は複数の利益を保護するものである。
(a) 「履行利益(expectation interest)」 契約が履行されていれば受約者が置かれていたであろう地位に受約者を置くことにより,交換取引の利益を取得する利益。
(b) 「信頼利益(reliance interest)」 契約が締結されていなければ受約者が置かれていたであろう地位に受約者を置くことにより,契約に対する信頼から生じた損失を填補される利益。
(c) 「原状回復利益(restitution interest)」 受約者が相手方に与えた利益をもとに回復する利益。
この分類は,因果関係と密接に関連するので,次回の講義で詳しく説明する。ここでは,要点だけを簡単に述べるにとどめる。
第416条(損害賠償の範囲)
@債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
A特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。
これに対して,英米法では,通常損害(general damages)と特別損害(special damages, consequential damages)とが区別されている。混乱を避けるために,これらの関係を表にまとめておく。
条件説による説明 | 相当因果関係説による説明 | 英米法の法理 Hadley v.Baxendale(1854) (民法416条) |
||
---|---|---|---|---|
事実的因果関係あり (sine qua nonによって判断する) |
相当因果関係あり | 普通損害 | 通常事情による 通常損害 |
通常損害(general damages) 予見可能性を要しない (民法416条1項) |
特別事情による 通常損害 |
特別損害(special damages) 予見可能性を要する (民法416条2項) |
|||
相当因果関係なし | 特別損害 (偶然的損害) |
損害賠償責任の範囲外 |
直接損害と間接損害の区別は,フランスで行われている区別である。直接損害のみが損害賠償の対象となり,間接損害は,損害賠債の範囲から除外される損害を意味する。その結果,直接損害はわが国で言う通常損害(相当因果関係のある損害),間接損害はわが国でいう特別損害(相当因果関係のない損害)と同じことになる。
間接損害(prejudice indirect)とは,もともと,フランス民法1151条が,賠償されるべき損害は,直接損害に限られ,間接損害には及ばないと定めているため,損害賠償から除外される損害,因果関係のない損害として理解されてきた。直接損害と間接損害とを区別する例としては,フランスのポチエ(Pothier,1699〜1772年)があげた以下の例が有名である。
家畜商が,農民に病気の牛1頭を引き渡したとする。その牛の病気に感染して農民の牛の群れが死んだ場合,その損害は直接損害(prejudice direct)であって,家畜商は,牛の群れの死について賠償責任を負う。しかし,牛の群れが死んだために牛を使って土地を耕すことができなくなり,そのために収積が減少したり,更には,農民が破産したりした場合,その損害は間接損害であって,家畜商は,農民の収獲の減少,破産についてまでは賠償責任を負わない。
しかし,この直接損害と間接損害の区別は,あいまいであって,実際の事例について明確な区別をすることは困難であることがフランスにおいても認識されている。例えば上の例で,購入した病気の牛1頭が死んだ場合にその牛の損害が直接損害であることは疑いがないとしても,牛の病気が他の牛の群れに伝染して,牛の群れが死んだ場合の損害は,拡大損害であって,論理的には間接損害とも考えうるからである。そこで,フランスの現在の通説・判例は,直接損害とは相当因果関係のある損害,間接損害とは相当因果関係のない損害と解釈している。
直接損害と間接損害の区別は,我が国の通説とされる相当因果関係説によれば,民法416条にいう「通常損害」と民法416条を越えた損害としての「特別損害」の区別に相応するものと考えられる。我が国の相当因果関係説においては,「通常損害」とは,民法416条1項にいう狭義の「通常損害」と,同条2項にいう「特別事情に基づく通常損害」とを含めたものであると考えられており,「特別損害」とは,相当因果関係の及ばない,したがって,損害賠償を請求できない損害であると考えられているからである。しかし,相当因果関係説における通常損害と特別損害との区別もあいまいであって,損害の区別基準としてあまり有用でない点が批判されている。この点は,フランスの直接損害と間接損害の区別の場合と同様である。
契約不履行に基づく損害賠償請求権は,以下のような免責事由がある場合には,請求できない。
契約不履行に基づく損害賠償請求権は,以下のような減額事由がある場合には,請求額が減額される。
債務者が期日に履行をしない場合には,利息の特約がない場合でも,その期日以降は,法定利率(民事の場合には年5パーセント(民法404条),商事の場合には,年6パーセント(商法513条,514条)の損害金を支払わなければならない(民法419条1項本文)。約定利息が定められており,それが法定利率よりも高い場合には,約定利率によって損害金を支払わなければならない(民法419条1項ただし書き)。これを通常「遅延利息」と呼んでいるが,これは,利息ではなく,契約不履行による損害賠償のことである。
民法が民事法定利率を5パーセントと定めた理由は,民法修正案理由書によると,以下のように,利息制限法とは別に,わが国の経済上の実況と整理公債等に利用した利率その他各国経済の状況を参酌して年5パーセントに定めたとしている。
〔法定〕利率に付ては,利息制限法は之を年6分とし商法は之を年7分と爲すと雖も,今日我国の経済は利息制限法制定の当時と頗る其状況を異にし,利率も漸く低落せるのみならず民法に規定すべき法定利率は其国普通の利率に依るべきものにして,特に商業会社に行はるる利率に依ることを得ざるや明なり。故に本案〔現行民法〕は我国経済上の実況と従来整理公債等に採用したる利率其他各国経済の状況を参酌して,年5分を以て法定利率と爲せり。然れども之れ固より民法の通則たれば,商法等に特別の利率(年6分)を規定するは毫も妨けざる所なり。
そうであるとすると,現在のわが国の経済状況から考えると,年5パーセントという規定は,経済の状況からは,全く乖離している。国際的な取引においては,遅延利息の利率を支払地の短期プライムレート(主要銀行の最良の貸付先に適用される短期貸付金利)とするという方式が採用されるようになってきている。
UNIDROIT国際商事契約原則 Article 7.4.9 - 金銭の不払いに対する利息
(1) 当事者が弁済期に一定額の支払いをしない場合には,その不払いが免責され得るものであるかどうかにかかわらず,債権者は,弁済期から支払いがなされる時までの,その額に対する利息を請求することができる。
(2)利率は,支払地における支払通貨について広く用いられている平均的銀行の最良の貸付先に適用される短期貸付金利によるものとする。ただし,そのような短期貸付金利がその地に存在しない場合には,支払通貨国における短期貸付金利と同一の利率によるものとする。支払地,または,支払通貨国のいずれにもそのような短期貸付金利が存在しないときは,利率は,支払通貨国の法により定められた適切な金利によるものとする。
日本銀行の統計資料によると,わが国の主要行の最良の貸付先に適用される短期貸付金利(プライムレート)は,以下の表に示すとおり,バブル崩壊直前は,年率3パーセント程度であり,バブル期に年率5パーセントを超えたときもあったが,バブル経済崩壊後は,金利は下がり続け,2001年から2005年までは,年率1.375パーセントであり,2006年は,年率1.625パーセントであった。
年 | 短期 プライム レート (年%) |
備考 | |
1987〜1988 | 3.375 | 法定利率よりも低い | |
1989 | 5.750 | バブル期 法定利率よりも高い |
|
1990 | 8.250 | ||
1991 | 6.625 | ||
1992 | 4.500 | 法定利率よりも低い | |
1993〜1994 | 3.000 | ||
1995〜1997 | 1.625 | ||
1998 | 1.500 | ||
1999 | 1.375 | ||
2000 | 1.500 | ||
2001〜2005 | 1.375 | ||
2006 | 1.625 |
これに比較すると,低金利時代におけるわが国の法定利率(年率5パーセント)がいかに高すぎるかがよくわかる。立法論としては,法定利率を固定的に定めるのではなく,日銀が公表しているプライムレートにあわせる必要があるように思われる。
法定利率が現実社会の金利の水準と離れている場合の不合理性は,さまざまな場面で見られるが,その中でも,以下の例を挙げるとよく理解できると思われる。債権者Aが債務者Bを相手取って,債務不履行に基づく損害賠償として1,000万円を請求し,第1審,第2審で勝訴したとする。そして,Aは,仮執行の宣言(民事訴訟法259条)を得て,Bから損害賠償の1,000万円円を取得したとする。しかし,最高裁でBが逆転勝訴することも考えられるので,Aはそのお金を定期預金にして,万全を期していたとしよう。1審判決から5年後に最高裁でBが逆転勝訴したとすると,Aは,年5パーセントの5年分の遅延利息をつけて,1,250万円をBに返還しなければならない(民事訴訟法260条)。しかし,銀行預金の利子では,とても,遅延利息の250万円をまかなうことはできない。これでは,仮執行の宣言を利用する意味がなくなってしまう。もしも,遅延利息の金利が,市中銀行の金利と連動するように設定されるならば,このような不合理も解消されることになる。
わが国の民法の財産法部分(総則,物権,債権)は,ボワソナードの起草した旧民法がフランス民法よりも完成度の高い優れたものであったこと,現行民法は,比較法的な観点からそれを修正することによって,さらに洗練され,現在の国際的な動向を踏まえた上でも,その輝きを失っていないほどによくできた法典ということができる。しかし,どの法典にも弱点があるように,現行民法にも,いくつかの弱点が存在する。すでに述べたように,危険負担の債権者主義(民法534条)は,その典型であり,学説や契約実務を通じて,その回避の努力が重ねられてきた。同様にして,民法の中で,最悪ともいえる条文は,民法420条(損害賠償額の予定)の規定であろう。
第420条(賠償額の予定1)
@当事者は,債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において,裁判所は,その額を増減することができない。
A賠償額の予定は,履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
B違約金は,賠償額の予定と推定する。
この規定は,当事者が損害賠償額の予定(違約金も損害賠償の規定と推定される)を行った場合には,裁判所といえども,その額を増減することができないという規定であり,契約自由は神聖不可侵であり,裁判官といえどもこれに干渉することは許さないという裁判官不信の考え方を明らかにした規定である。この規定のために,不当な違約金の定めに対しても,公序良俗に違反するほどに不当なものでない限りは,裁判官は手も足も出せない状況にあり,いわゆる悪徳商法に悪用されてきた。この規定は,フランス革命の過程で培われた裁判官不信の考え方を反映して立法されたフランス民法1152条をわが国の民法がそのまま受け入れたものであり,ドイツ民法は,裁判所が予定された賠償額を適切に提言することが認められていた(ドイツ民法343条)。
ところで,民法420条が範としたフランス民法1152条は,1975年と1985年に,消費者保護の観点から2項が追加され,現在では,損害賠償額の予定が「明らかに過大または過小であるときは,裁判官は,職権によってもそれを増減することができ,これに反する特約は無効とされる」(フランス民法1152条2項)に至っている。
このようにして,民法420条は,現在では,世界から孤立した不合理な規定であり,母法であるフランス民法と同様に,直ちに改正されるべきものである。これに対して,割賦販売法6条は,消費者保護の観点から民法420条を部分的に修正するものであるが,適用領域が限定されているために,根本的な解決にはほど遠い状況であった。したがって,2000年に成立した消費者契約法が,消費者契約に関して,「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの」につき,「当該超える部分」について無効と規定したことは,正当である。
(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第9条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が2以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分
今後は,割賦販売法6条,消費者契約法9条の精神を踏まえ,かつ,改正されたフランス民法1152条を参考にして,民法420条を改正することが課題となっている。
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