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作成:2006年9月19日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
前回は,保証契約の性質と特色について検討した。その結果,保証契約は,無償契約を原則としているにもかかわらず,無償契約の通用性である無担保責任の原則に反して,保証人に過酷な責任が課せられていることが明らかとなった。今回は,保証契約の不可欠の要素としての保証人の免責規定について,詳しく考察することにする。
保証契約は,債権者と債務者との間で分担すべき「とてつもないリスク」を保険等の有償契約で分散することなく,無償契約によって,破産の場合を含めて,保証人にすべてのリスクを負担させるという不条理な契約であり,本来的には,公序良俗に違反して無効とされるべきものである。それにもかかわらず,民法が保証契約の有効性を前提にしているのには,それなりの理由がある。民法における保証契約の条文を逐一検討していくと,付従性,催告・検索の抗弁権,事前・事後の求償権等,その規定のほとんどが,保証人の免責について規定していることがわかる。
そのような保証人の免責の規定による保証人の保護が尽くされてこそ,保証契約の不条理性,公序良俗違反からかろうじて免れていることを理解すべきである。したがって,保証人の免責に関する規定の1つでも潜脱するようなことをすれば,それは,直ちに保証契約を無効にすると考えるべきであろう。つまり,保証に関する規定は,任意規定ではなく,保証人の免責を阻害するような変更は許されないという意味で,片面的強行法規(保証人の責任を厳しくする方向で特約をする場合は無効となる)であると解釈しなければならない。例えば,債権者が保証人に対して負っている担保保存義務に違反した場合には,民法504条にしたがって保証人が免責されることは当然であり,銀行によってよく行われていることであるが,保証契約の中に民法504条を潜脱する担保の保存免除特約がある場合には,保証契約全体が無効となると考えるべきであろう。
X金融から1,000万円を借りるに際して,Aは,親戚のYに保証人になってもらった。その経緯は以下のとおりである。 Aは個人で事業を営んでいるが,経営不振に陥っており,銀行からは融資を受けることができないため,金利の高いXから融資を受けることにした。 Xは,Aの経営がうまくいかない原因は,Aの経営方針がよくないことと長引く不況とであり,融資をしてもAが期限までに借金を返せなくなることを予知していたが,Aの土地建物に抵当権を設定するのに必要な書類を提出すること,および,Yが保証人になることを条件に融資を行うことにした。 Yは,Aから,「経営がうまくいかないのは,銀行が貸し渋りを行うからで,Xから融資を受けることができれば,経営は立ち直るに違いない。Xから融資を受けるためには,あなたのような信用のある人に保証人になってもらう必要がある。融資さえあれば経営は万全だから,あなたには絶対に迷惑をかけない。ぜひ保証人になってほしい。」と懇願され,また,Xからも,「Aは,融資さえ受けることができれば,事業については全く心配は要らない。資産もあるので大丈夫。」との説明を受け,保証人となった。 返済期限が到来して,Aが借金を返せなくなったにもかかわらず,Xは,保証人Yの資力だけを頼みにしており,Aから受け取った必要書類に基づいて抵当権の登記をすることを怠ったため,Aの土地建物は他の債権者によって差し押さえられて,競落されてしまった。 Xからの請求に対して,Yはどのような抗弁を主張することができるか。 |
本問の場合,第1に,保証人にはどのような抗弁権が与えられているか,第2に,債務者のめぼしい財産が他の債権者に差し押さえられてしまった場合に,それらの抗弁をうまく使うことができるかどうか,第3に,債権者が過失で抵当権の登記をしなかったことが保証人の責任にどのような影響を与えるかが問題となる。
保証人は,債権者から債務の履行を請求されたときは,まず,主たる債務者に催告するよう求める催告の抗弁権を有している(民法452条)。また,債権者が主たる債務者に催告をした場合であっても,主たる債務者に弁済の資力があり,かつ,執行が容易であることを証明して,債権者に対して,まず,主たる債務者の財産について強制執行をするよう求める検索の抗弁権を有している(民法453条)。
保証人がこのような催告の抗弁を主張し,または,検索の抗弁を主張しているにもかかわらず,債権者が,催告をせず,または,強制執行を怠っているうちに,主たる債務者の資力が悪化し,債務者から全部の弁済を受けることができなくなってしまった場合には,債権者が直ちに催告または強制執行をしていたならば弁済を得ることができたであろう範囲で,保証人は免責される(民法455条)。
保証人は,主たる債務者がその債務を履行しない場合に,主たる債務者に代わって債務を弁済する責任を負うのであるから,債権者は,主たる債務者に履行を請求しようと,保証人に履行を請求しようと自由な立場にあり,債務者への履行が遅れたからといって,非難される筋合いではないはずである。債権者が非難されるのは,保証人が催告・検索の抗弁権を主張しているにもかかわらず,主たる債務者に対する催告・執行を怠ったため,債務者の資力が低下し,本来ならできたはずの保証人の求償権が確保されなくなったためであると考えるのが正当であろう。債権者は,保証人と保証契約を締結した結果,債務者は,信義則上,「保証人の求償権を確保するための注意義務」を負うに至たると考えるならば,その注意義務を怠った債権者に対して,保証責任の消滅という制裁が与得られることは妥当であると思われる。
例題に即して考えると,保証人が催告または検索の抗弁を主張しようとしても,債権者が抵当権の登記を怠ったため,すでに,債務者の財産は競落されているため,これらの抗弁を主張しても意味がないように思われる。しかし,債権者が抵当権の登記をしておれば,債権者は債務者の財産を容易に執行することが可能だったのであるから,もしも債権者が保証人の財産を当てにして,保証人の検索の抗弁権の行使を妨害するため,故意に抵当権の登記をしなかったのであれば,民法130条により条件は成就したものとみなして,民法455条に基づき免責を主張することも可能であろう。
債権者の行為によって保証人の求償権が害される典型例は,債権者の担保保存義務に違反する行為である[西村・継続的保証(1952)212頁以下]。この場合に,保証人が免責されるのは,先の場合と同様,債権者の義務違反行為によって,保証人の求償権が害されたからである。
このように考えると,保証契約を締結した債権者は,信義則上,保証人の求償権を害しないような注意義務を負うと解すべきである。このように考えることによって,民法455条と民法504条における保証人の免責を統一的に理解することが可能となるのである。
もっとも,最高裁(最二判平8・12・19金融法務1482号77頁)は,債権者保護に偏して,債権者が担保保存義務を特約によって免責することを認めている。
最二判平8・12・19金融法務1482号77頁
債権者が債権の一部弁済を受けた際に共同担保となっている不動産の一部に対する根抵当権を放棄した場合に,担保保存義務免除特約の効果を主張することは信義則に反するものとはいえない。
債権者である被上告人のした根抵当権放棄により,これをしないでC銀行に対する弁済がされなかった場合に比べて,被上告人の株式会社Aに対する求償金債権で物的担保により満足を受けることのできないものの額がより多額になったということはできないから,債権者である被上告人の右行為は,金融取引上の通念から見て合理性を有するものであり,連帯保証人である上告人Bが担保保存義務免除特約の文言にかかわらず正当に有し,又は有し得べき代位の期待を奪うものとはいえない。したがって,被上告人が右特約の効力を主張することが信義則に反するものとは認められないとした原審の判断は,結論において是認することができる。
しかし,母法となったフランスでは,このような免責特約は,信義則に反するという理由で無効となるという立法的な解決がなされている(フランス民法2314条)。
フランス民法 第2314条
債権者の行為によって保証人が債権者の権利,抵当権及び先取特権について代位ができなくなるに至ったときは,保証人はその責任を免れる。これに反するいかなる契約条項も書かれなかったものとみなす(第2文は,1984年3月1日の法律による追加)。
さて,最初の例題に即して考えると,債権者Xは,債務者Aから受け取った必要書類に基づいて抵当権の登記をすることを怠ったため,債務者Aの土地建物は他の債権者によって差し押さえられて,競落されてしまったというのであるから,保証人は,民法504条に基づいて,責任を免れることになる(静岡地判昭和31・9・4下民7巻8号2334頁,判時95号18頁)。
静岡地判昭和31・9・4下民7巻8号2334頁,判時95号18頁
債権者が債務者から抵当権の設定を受けるため,その登記に必要な一切の書類の交付を受けたが,その登記をせずに放置しているうち債務者は抵当物件を他に売却してしまつたので,債権者はその登記をすることができなくなつてしまつたという事案において,それが,連帯保証人を免責する事由となるとされた事例
2004年の民法改正においては,以下のように,保証の最初の規定に,「保証契約」という用語が用いられており,保証が多数当事者の債権・債務関係に関するものだけでなく,契約の一つであることを明確にした点で評価されるべきである。
もっとも,2004年の民法改正によって,保証が保証契約のことであることが明文で明らかにされたのは,保証契約を書面契約とするドイツ民法766条,イギリスの詐欺防止法等の影響が大きいと考えられる。しかし,書面契約によって,詐欺を防止したり,弱者を保護できないことは,以下のように,歴史の示すところである[木原・契約の拘束力としての意思(2004)106頁]。
詐欺と偽証の防止を目的として制定された「1677年詐欺防止法」は,訴訟の増加をもたらし,結果的に,詐欺行為を助長するものとなった。すなわち,「書面」や「署名」といった文言の解釈をめぐって無数の訴訟が提起され,それにより極めて技術的で複雑な判例法理が形成されることとなった。その結果,当事者間に真の合意があったにもかかわらず,同法にいう「書面」要件を満たし得なかったために,契約に法的拘束力なしとする不合理な結果が生じれまた,当事者の一方のみが署名した場合には,署名した当事者が詐欺防止法に拘束されるのに対して,署名しなかった当事者は自由に相手方を訴えられるという不公平が生じた。これらの批判を受けて,1677年詐欺防止法は,「保証契約」と「土地・家屋等に関する不動産契約」に関する条項を除き,「1914年法律改正(契約強制)法」(Law Refom (Enforcement of Contracts) Act)により廃止された。
保証契約に書面性を要求したところで,保証人を保護できないことは明らかである。そうだとすれば,書面でしなければ保証契約の効力が生じないとされるに至った理由は,保証人の保護というよりは,債権者を保護し法的安定を確保するためではなかったかとの疑いが生じる。つまり,今回の改正は,本来なら,履行するまでは理由なしに「撤回」できるはずの書面によらない保証契約という存在をなくするために,すべての保証契約に書面性を要求し,保証契約を「撤回」できないものとしたという穿った考え方も可能である。
このように考えると,今回の保証に関する民法改正は,保証契約に書面性を要求した点に関しては,保証人の保護としては実効性がなく,しかも,契約自由の原則を修正してまで債権者を保護する必要性があったのかという点で問題を残しているといえよう。立法論としては,保証契約に要式性を求めるのではなく,同じく無償契約である贈与の場合がそうであるように,書面によらない保証契約は,保証人がいつでも撤回(取消し)できるとすることで十分であったと思われるからである。しかし,解釈論としては,改正を前向きに受け入れて,以下のように解釈すべきである。
無償契約である保証契約は,贈与契約と同様,書面によらない場合には,保証人は履行するまでの間はいつでも撤回できるはずであった。2004年の民法改正は,保証人を保護するために,その理論を一歩進め,書面によらない保証契約は,撤回するまでもなく無効とされた。
ただし,今回の改正によって,書面によらない保証契約を無効とする一方で,書面による保証契約であれば,常に有効であり,保証人は過酷な責任であっても負担すべきであるととの印象を与えかねないという側面を持っている。その危険性について,以下でくわしく検討することにする。
保証人の保護は,先にも述べたように,実は,保証契約に書面性を要求することだけでは実現できない。書面によりさえすれば,保証人に過酷な責任を負わせることができるからである。保証人を本当に保護するつもりであれば,立法論としては,先に述べたように,保証契約を書面契約とするのではなく,諾成契約としておき,無償契約の総則と考えるべき贈与の規定を準用すれば足りることであった。むしろ,問題は,書面でなされた保証契約の場合の保証人の保護をいかにするかであろう。
たとえ,書面による保証契約であっても,贈与契約で規定され,同じく,無償契約の使用貸借でも準用されている通り,無償契約の場合には,要約者(贈与者,貸主)は担保責任を負わないのを原則とすべきである。そして,たとえ一時的に要約者が債務者に代わって責任を負ったとしても,最終的には,求償等を通じて免責が与えられると考えなければならない。すなわち,無償契約の場合,たとえ,それが書面によってなされた場合であっても,要約者(例えば,贈与者,使用貸主,保証人等)が任意に履行した場合,保証人の場合には,任意に支払った部分についても求償権が認められるだけでなく,たとえ,要約者が任意に履行した額が責任額に不足している場合でも,それで十分であり,要約者(例えば,贈与者,使用貸主,保証人等)は,それ以上の責任を負わないと考えるべきである。
以上の法理を保証契約に当てはめてみよう。保証契約とは,債権者と保証人との間で,第三者(債務者)の債務を肩代わりして弁済する責任を負うことを約する契約であるが,保証契約のほとんどは,無償・片務の契約であり,書面による保証契約であっても,贈与の場合と同様,担保責任を負わないのが原則と考えるべきである。
ただし,保証契約の趣旨に鑑み,その責任が,以下の表に掲げた免責要求の要件がすべて充たされており,保証人の責任が,確実に一時的なものに限定される場合に限って,担保責任を負うことが認められると考えるべきである。
免責要求の分類 | 名称 | 内容 | 要件 | 効果 |
---|---|---|---|---|
債権者に対する 免責要求 |
保証の付従性 | 責任を債務者以下の責任に限定すること | 債務の縮小・消滅 | 債務者の責任の減少の範囲で免責される(民法448条)。 |
催告の抗弁権 | まず,債務者に対して請求すること | 債権者の懈怠 | 迅速な催告をしなかったことから生じた結果に関して免責される(民法455条)。 | |
検索の抗弁権 | まず,債務者の財産から執行すること | 迅速な執行をしなかったことから生じた結果に関して免責される(民法455条)。 | ||
担保保存義務 | 求償権を確保するため,担保を保存すること | 担保の減少・滅失によって求償権を行使できなかった限度で免責される(民法504条)。 | ||
情報提供義務 | 債務者の資力に関する情報を提供すること | 保証契約の締結の回避,解除の機会を失ったことによる限度で免責される。 | ||
債務者に対する 免責要求 |
抗弁の援用 | 債務者の有する時効・相殺の抗弁を援用すること | 債務者の抗弁 | 債務者が債権者に対して有する抗弁を援用することによって免責される(民法457条)。 |
事前求償権 | 債務者の財産でもって弁済するため,事前に求償すること | 保証委託契約 | 債務者の財産で弁済することによって免責される(民法460条)。 | |
事後求償権 | 責任を果たした後に,事後求償すること | 担保責任の実行 | 債務者に事後求償することによって補償を受ける(民法459条,462条) | |
共同保証人に対する 免責要求 |
事後求償権 | 責任を果たした後に,事後求償すること | 担保責任の実行 | 共同保証人に求償することによって補償を受ける(民法465条) |
以上の免責要件を充たしていない場合,すなわち,以下のような場合には,無償の保証人は,原則に立ち返って,担保責任を負わない(民法551条の準用)。
実務の取扱いにおいては,保証契約の付従性が剥奪されて,独立担保契約とされたり,債務者のみを免責することによって,保証人の求償権が確保されていない場合が多い。このような場合には,原則どおり,無償の保証人は担保責任を負わないと考えるべきである。
保証人に対して,債務全額の責任を負わせるのであれば,有償の保険契約(保険料を支払って債務者の債務不履行事故に備える)で対処すべきである。もっとも,保証を有償の保険契約とした場合には,保険料が高額なものになることが予想され,そのような保険システムを構築すること自体が採算に合わないことが予想される。しかし,採算が合わないほどに危険な保険を,「無知な」,「人のよい」保証人に無償で負担させてきたこと自体が異常だったのであり[平野・保証人保護(2004)7頁],従来の保証契約は,衡平・正義・公序のすべてに違反することを認識すべきである。いずれにせよ,民法が規定している保証人の免責規定が完全に守られないままに,無償の保証人に過酷な責任を負わせる時代は終わりにしなければならない。
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