第3回 家族の絆

2004年4月13日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


人間は不完全な存在として,すなわち,一人では生きていけない未成熟な人間として生れてくる。未成熟な人間として生まれた子(未成熟子)は,社会の暖かい庇護の下で,通常は,両親の庇護の下でしか生きていくことができない。生れた子が社会の一員として独立するためには,すべての子に対して,相当期間にわたる養育(保育・教育)が着実に行われなければならない。

未成熟子の養育について,中心的な役割を果たしているのは,家庭である。未成熟子は両親とともに,家族というまとまりの中で育てられてきたし,今後も,家族の中で育てられていくに違いない。もちろん,家族は夫婦によって創設されるものであって,子供をもうけるか,もうけないかは,各夫婦が自由に決定するものである。しかし,夫婦に子供ができた場合には,その子を社会に送り出すための子の養育は,その家族にとって,最も重要な課題の一つとなると思われる。

ところが,現行民法には,「家族」という用語は存在しない。「家」制度という封建的な制度を廃止するために,民法旧規定には存在した「戸主及ヒ家族」という章を用語を含めてすべて抹消してしまったため,家族に関する規定を欠いたままなのである。

確かに,「家」制度におけるような「戸主(家長)」と「家族」という封建的な関係は否定されるべきである。しかし,夫婦を核として,未成熟子を養育する目的を併せもったグループとしての「家族」という概念は,過去のものとして日本人の頭から消えてしまったわけではない。というのも,「国のかたち」を決めた憲法にも,日本の今後の社会形成に重要な意味をもつ男女共同参画社会基本法にも,さらには,臓器の移植に関する法律にも,「家族」という用語が,定義されることなく使われているからである。その点から見ても,民法が,「家」制度を廃止するためとはいえ,「家族」という言葉をその法文から抹殺してしまったことは,不幸なことであった。

「家族法」の講義を開始するに当たって,ここでは,民法旧規定の歴史を振り返りながら,憲法男女共同参画社会基本法に謳われた「家族」という概念を,全く新しい観点から再構築することを試みることにする。

現段階において,家族をどのようなものとして定義するかについて見解の統一が見られないとしても,出生した子が無差別・無条件の愛に包まれて最初の人格形成を行う場として家族という集団が必要であり,さらに,家族を通じて成長・自立した人間同士が,無差別・無条件の愛に目覚め,心も体も全人格が肯定的に受け入れられる場として,家族という集団が再構築されているということについては,共通の理解が得られるのではないだろうか。


演習問題


以下の新聞記事(「絆(きずな)−家族のかたち(3)」2002年1月5日朝日新聞・愛知版)を読んで,次の問に答えなさい。


絆(きずな)−家族のかたち(3)

実家離れた女子大生−−家父長制逃れたくて/母へ「自立のメッセージ」

額入りの書を背にする上座に祖父(81),そして父,祖母など一家7人の序列に従って席がしつらえられていた。02年の元旦朝。

石川県・能登半島の付け根にある農家の広間。それぞれの席には,お神酒を飲むための,七福神を描いたおちょこも並べられていた。毎年変わらない年の始まりの実家の光景に,名古屋大の女子学生(22)は,ため息が出る思いがした。

4年前,大学入学と同時に親元を離れ,名古屋で一人暮らしを始めた。

実家は,祖父を筆頭にした「縦社会」。ふだんはふろに入る順番に関係が表れた。まず祖父。父,祖母,子ども3人。ふろを掃除する母は最後。順番を乱すと,祖父は激しく怒った。

子どもの中にも序列があった。ふろは長男の兄(23)が優先。お年玉は5割増し。勉強机も,兄には新品が買い与られたのに,長女である自分のは,父の使い古しにペンキを塗ったものだった。

「嫁」には特に厳しかった。祖父は酒が入ると時折,母を呼びつけて正座させ,怒鳴りつけた。座卓をひっくり返し,皿を割り,家事や農作業での立ち居振る舞いが悪い,となじった。

甘受し続ける母も嫌だった。高校卒業後,19歳で結婚して家庭に入った母は,父に頼りきり,家の中の価値観を肯定してしまっているように思えた。

「家を出たい。県外の大学に行きたい」。高校3年の時,抱き続けてきた思いを母にぶつけた。実家の家父長的なにおいから逃れたかった。

だが,「一人で暮らせるわけがない」と反対された。「お金がないから近くの短大に」と言われた。

一人でも暮らせることを見せつけようと,母より早起きをして弁当をつくり,洗濯も自分でした。毎日,学校が閉まるまで受験勉強に打ち込んだ。学費や生活費は自分で稼ぐ覚悟で,志望校を授業料が安い国立に絞った。

大学生活は,自由な空気に包まれていて,心地よかった。

恋愛や結婚については,男性が女性をリードすることに肯定的な友だちもいる。だが,自分は対等なパートナーとして,男性との関係を築きたい。…(以下略)

1 憲法は,わが国の「家族のかたち」をどのようなものとして規定しているか。
問2 民法は,「家族」について,どのような規定を置いているか。もしも,「家族」について規定していないとしたら,その理由は何か。
問3 「家」制度といわれているものは,どのような制度か。「家」制度の中では,「家族」は,どのように定義されていたか。
問4 上記の新聞記事において,祖父が家庭を仕切り,縦社会を維持していることと「家」制度とはどの点で関係しているか。民法旧規定の条文に即して説明しなさい。
問5 民法旧規定の「家」制度においては,上記の新聞記事にみられるような祖父の横暴な振る舞いについては,どのような制限が規定されていたか,条文に即して説明しなさい。
問6 あなたの家族の中で,「家」制度は,どの程度の影響力を残しているか。憲法または民法の規定とは異なる慣習があれば,プライバシーに留意しつつ,できる範囲で指摘しなさい。
問7 以下の「『臓器の移植に関する法律』の適用に関する指針(ガイドライン)」で示されている家族(遺族)の範囲を,民法の条文に出てくる用語(たとえば親族,相続人,祭祀を主宰すべき者など)のみによって,説明しなおしなさい。
『臓器の移植に関する法律』の適用に関する指針(ガイドライン)」(1997年10月8日)
  1. 臓器の提出の承諾に関して法に規定する「遺族」の範囲については,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者の近親者の中から,個々の事案に即し,慣習や家族構成等に応じて判断すべきものであるが,原則として,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び同居の親族の承諾を得るものとし,喪主又は祭祀主宰者となるべき者において,前記の「遺族」の総意を取りまとめるものとするのが適当である。ただし,前記の範囲以外の親族から臓器提供に対する異論が提出された場合には,その状況等を把握し,慎重に判断すること。
  2. 脳死の判定を行うことの承諾に関して法に規定する「家族」の範囲についても,上記「遺族」についての考え方に準じた取扱いを行うこと。
問8 あなたは,家族をどのようなものと考えるか。自分なりの定義をしてみなさい。
問9 あなたが将来新しく作るであろう,あなたの理想とする家族について,夫婦の関係,親子の関係,本人と配偶者の父母との関係(いわゆる婿・嫁と舅・姑との関係)に分けて論じなさい。

参照条文


旧民法

第243条 戸主トハ一家ノ長ヲ謂ヒ 家族トハ戸主ノ配偶者及ヒ其家ニ在ル親族、姻族ヲ謂フ
 2 戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス

民法旧規定

第732条 戸主ノ親族ニシテ其家ニ在ル者及ヒ其配偶者ハ之ヲ家族トス
 2 戸主ノ変更アリタル場合ニ於テハ旧戸主及ヒ其家族ハ新戸主ノ家族トス

憲法

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

民法(現行民法)

現行民法は,家制度を廃止するため,親族編の第2章「戸主及ヒ家族」,相続編の第1章「家督相続」の条文をすべて削除してしまった。

男女共同参画社会基本法

(家庭生活における活動と他の活動の両立)
第6条 男女共同参画社会の形成は、家族を構成する男女が、相互の協力と社会の支援の下に、子の養育、家族の介護その他の家庭生活における活動について家族の一員としての役割を円滑に果たし、かつ、当該活動以外の活動を行うことができるようにすることを旨として、行われなければならない。

臓器の移植に関する法律

(臓器の摘出)
第6条 医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。
 2 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。
 3 臓器の摘出に係る前項の判定は、当該者が第一項に規定する意思の表示に併せて前項による判定に従う意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないときに限り、行うことができる。
 4 臓器の摘出に係る第二項の判定は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師(当該判定がなされた場合に当該脳死した者の身体から臓器を摘出し、又は当該臓器を使用した移植術を行うこととなる医師を除く。)の一般に認められている医学的知見に基づき厚生労働省令で定めるところにより行う判断の一致によって、行われるものとする。
 5 前項の規定により第二項の判定を行った医師は、厚生労働省令で定めるところにより、直ちに、当該判定が的確に行われたことを証する書面を作成しなければならない。6臓器の摘出に係る第二項の判定に基づいて脳死した者の身体から臓器を摘出しようとする医師は、あらかじめ、当該脳死した者の身体に係る前項の書面の交付を受けなければならない。
(平一一法一六〇・一部改正)
『臓器の移植に関する法律』の適用に関する指針(ガイドライン)」(1997年10月8日)
  1. 臓器の提出の承諾に関して法に規定する「遺族」の範囲については,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者の近親者の中から,個々の事案に即し,慣習や家族構成等に応じて判断すべきものであるが,原則として,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び同居の親族の承諾を得るものとし,喪主又は祭祀主宰者となるべき者において,前記の「遺族」の総意を取りまとめるものとするのが適当である。ただし,前記の範囲以外の親族から臓器提供に対する異論が提出された場合には,その状況等を把握し,慎重に判断すること。
  2. 脳死の判定を行うことの承諾に関して法に規定する「家族」の範囲についても,上記「遺族」についての考え方に準じた取扱いを行うこと。