2004年4月27日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
現行民法762条は,以下のように規定している。
第762条〔特有財産、帰属不明財産の共有推定〕
夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。
2 夫婦のいずれに属するか明かでない財産は、その共有に属するものと推定する。
この規定は,法定夫婦財産制について,わが国は別産制を採用することを明らかにしたものであり,共有制は例外的に認められているに過ぎないと解されている。そして,その結果,わが国の夫婦財産制度は,欧米諸国が,夫婦財産制について共有制を原則とするのと異なり,より個人主義的性格の強いものであると考えられている。
しかし,妻が主婦であることが多いわが国の現状においては,夫婦の財産のうち,重要な財産が夫名義とされることが多いため,夫婦の財産のほとんどが夫に帰属してしまい,結局,「家」制度において重要な財産をすべて戸主が所有していたのと同様の結果が生じてしまっている。
わが国においては,明治民法制定から戦前までの「家」制度の下で,重要な財産は,「家」の財産であり,戸主がその財産を管理してきた。個人の特有財産は,例外的に認められているだけであり,帰属が明らかでない財産は,「家」の財産と推定されていた。
第748条 家族カ自己ノ名ニ於テ得タル財産ハ其特有財産トス
2 戸主又ハ家族ノ孰レニ属スルカ分明ナラサル財産ハ戸主ノ財産ト推定ス
上に述べたように,「家」制度の下では,重要な財産は,家督として家に帰属するのであるが,その家督を除いた,夫婦の財産について,民法旧規定807条は,以下のように規定していた。
第807条 妻又ハ入夫カ婚姻前ヨリ有セル財産及ヒ婚姻中自己ノ名ニ於テ得タル財産ハ其特有財産トス
2 夫婦ノ孰レニ属スルカ分明ナラサル財産ハ夫又ハ女戸主ノ財産ト推定ス
民法旧規定807条においては,夫の権利,または,女戸主の権利を宣言した2項が原則であり,第1項は,婚姻によって無能力者とされる妻の権利を保護するために,妻の特有財産を認めたものに過ぎない。
つまり,「家」制度の下では,夫婦財産制は,以下のような原則に基づいて規定されていたといえよう。
ここで重要なことは,家の主要な財産は戸主に帰属しており,それ以外の財産だけが,家族個人に帰属していたに過ぎないことである。そして,家族の中でも,無能力者となった妻については,特別の保護が必要なため,妻が婚姻前から所有する財産,婚姻中に妻名義で所有する財産については,妻に帰属することを定める必要があったのである。
現行法においては,「家」制度は廃止され,戸主はいなくなった。そして,男女平等の考え方から,妻の無能力の規定は削除され,夫と平等な立場にある。そうだとすれば,夫婦の財産は,夫のものでも,妻のものでもなく,両者が平等の立場で管理する共有(合有)財産と規定すべきであった。
夫婦の財産は,以下のように規定されるべきだったのである。
現行民法の立法者は,家制度の廃止に集中する余り,本来,男女平等の思想の下で再構築すべきであった「家族」について,定義を含めてすべて抹消してしまうという誤りを犯したことは既に述べた。
夫婦財産制度についても,現行民法の立法者は,「家」の幻想に怯え,夫婦の共用財産は,各夫婦個人のものではなく,夫婦のもの(夫婦の合有)であるという最も重要なことを規定しなかった。本来ならば,立法者は,旧規定の748条と807条とを総合的に考慮して新たな規定とすべきであった。それにもかかわらず,現行民法の立法者は,「家」制度を規定した旧規定748条を単に削除し,「家」制度を前提にした上で規定された旧規定807条の法定財産制につき,妻の保護のための規定を,男女平等の観点から手直しするという安易な方法を選んでしまったのである。
このような安易で拙劣な立法のため,本来夫婦の共有(合有)財産とすべき重要財産が,夫の財産か,妻の財産か不明の場合だけ夫婦の共有となり,そうでない場合には,夫か妻かいずれかの特有財産と認定すべきであるとの誤った解釈を導くことになってしまったのである。
財産の種類 | 特有財産 | 共有財産 |
---|---|---|
夫婦の一方が婚姻前から有する財産 | ○ | × |
夫婦の一方が婚姻中に自己名義で得た財産 | ○ | × |
夫婦の一方の名義で婚姻中に取得した財産だが,実質的には他方が取得した財産 | ○ | × |
夫婦の双方が婚姻中に共有名義で得た財産 | × | ○ |
夫婦の一方に属することが不明の財産 | × | ○ |
夫婦の共用財産は,本来は,夫婦のいずれのものでもなく,夫婦が共同して管理すべき夫婦の共有(合有)財である。それにもかかわらず,民法762条の条文に不備があるため,夫婦財産は,夫婦いずれかの特有財産となるのが原則であり,どちらに帰属するか不明な場合にのみ,共有と推定されるという考え方が一般的なものとなっている。しかし,この考え方が,いかに不合理な結果を導くものであるかは,具体的な事例を検討してみれば,すぐにわかることである。今回の講義では,このことを理解するために,以下の点について,理解することから始めることにしよう。
現行民法762条の規定によると,夫婦財産とは名ばかりで,ほとんど夫の財産となってしまう弊害を除去するため,最近では,夫婦財産を一種の組合財産と考えるべきではないかとの主張がなされるに至っている。以下の内田貴『民法W(親族・家族)』東京大学出版会(2002年)40頁には,以下のような記述がある。
夫婦の財産を無理に共有と捉えることはせず,それぞれの特有財産を認めたうえで,夫婦を組合的に考えて,一種の組合財産(特別財産)が形成されていると見るのである。確かに共稼ぎの夫婦の場合,お互いの収入の一部を出し合って家計を支え,あとは自分の収入で自分の物を買うとすると,家庭はあたかも組合のような存在になる。
家庭共同体は,このような団体法的観点から理解した方が,個人主義的原理で見るより実体に適しているようにも思える。
もし,夫婦財産を組合的に捉えるなら,婚姻後の夫婦の収入のうち婚姻費用に当てられる部分は,共同の事業(婚姻生活)のための出資分ということになる。収入のない妻や家事を兼業をする妻の家事労働分は,労務による出資ということになろう。こうして,両者の特有財産とは区別された組合財産が形成される。これは,物権法的にいえば「合有」であるから,持分の勝手な処分はできない。まさに,組合員による組合財産の持分処分が組合および組合と取引をなした第三者に対抗できないと定める676条のような処理になる。
組合員の処分行為の相手方は,94条2項(不動産の場合)や192条(動産の場合)で保護されるだけである。外国には,住宅のような夫婦の財産の主要部分を一方配偶者が単独では有効に処分できないとしているところもある(フランス)。立法論としては婚姻共同体の特殊性からそのような立場も考えられよう。
そして,民法上の組合は清算の際には出資額に応じて払い戻しがなされるが(688条2項),婚姻共同体の場合は,その特殊性からこれを半々と推定する規定を設けることが考えられよう。
問1 夫の収入で購入した以下の財産について,民法762条を参考にして,その所有権の帰属(誰の単独所有か共有か)を考えるのではなく,最初に,頭を白紙に戻して,民法762条はないものとして,以下の財産が,夫婦財産か,個人の財産かを区別してみなさい。
問2 夫の収入で購入した以下の財産について,今度は,民法762条を参考にして,その所有権の帰属(誰の単独所有か共有か)を明らかにしなさい。
問3 最三判昭34・7・14民集13巻7号1023頁を読んで,事実を要約しなさい。
解答例
年月日 | 事実 | 争点 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
原告 | 被告 | |||
昭和14年10月頃 | XとYとは,夫婦として同棲し,約半年後に婚姻届を提出。Y名義で旅館業を営む。 | 旅館の実質的な経営者は誰か? | ||
昭和23年12月頃 | Yは,家庭教師として家に出入りしていた男と恋愛関係に陥る。 | 離婚原因に該当するか? | ||
旅館営業のため賃借していた敷地が所有者の滞納処分のための物納により大蔵省に帰属。 | ||||
昭和24年3月10日 | Xは賃借していた本件土地を大蔵省から代金約10万円にてY名義で買い受けた。 | |||
昭和24年5月25日 | Xは,本件土地をY名義で所有権移転登記を行なった。 | 本件土地は,Yの固有財産といえるか。 | ||
昭和24年12月 | XとYは離婚。XはYに対して手切金として50万円を与えることを約す。 | |||
昭和25年1月〜昭和27年2月 | Xは,Yに手切金を分割支払い | |||
昭和27年 | X訴え提起 | |||
昭和29年8月19日 | 第一審福岡地裁小倉支部判決 | |||
昭和32年3月28日 | 第二審福岡高裁判決 | |||
昭和34年7月14日 | 最高裁第三小法廷判決 |
問4 本件については,ある土地について,夫の単独所有か,妻の単独所有か,夫婦の共有財産かが争われている。最高裁,上告人のそれぞれの考え方を比較検討した後,自分の見解を整理しなさい。
問5 本件の場合とは逆に,妻が得た財産について,夫が名義人になっていた場合を想定してみよう。例えば,妻の経営にかかる旅館の収益金をもって自ら払下を受けた土地を家庭の事情で,夫名義にしていたとする。
この場合に,最高裁は,本件における法理をそのまま適用して,妻の単独所有を認めたであろうか。それとも,民法762条をそのまま適用して夫の単独所有とするであろうか,それとも,共有を認めるであろうか。
第755条〔夫婦の財産関係の規律〕
夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかつたときは、その財産関係は、次の款に定めるところによる。
第756条〔夫婦財産契約の対抗要件〕
夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の届出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない。
第758条〔夫婦財産関係の変更〕
夫婦の財産関係は、婚姻届出の後は、これを変更することができない。
A夫婦の一方が、他の一方の財産を管理する場合において、管理が失当であつたことによつてその財産を危うくしたときは、他の一方は、自らその管理をすることを家庭裁判所に請求することができる。
B共有財産については、前項の請求とともにその分割を請求することができる。
第759条〔夫婦財産関係変更の対抗要件〕
前条の規定又は契約の結果によつて、管理者を変更し、又は共有財産の分割をしたときは、その登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない。
第762条〔特有財産、帰属不明財産の共有推定〕
夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。
A夫婦のいずれに属するか明かでない財産は、その共有に属するものと推定する。
第760条〔婚姻費用の分担〕
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
第761条〔日常家事による債務の連帯責任〕
夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。但し、第三者に対し責に任じない旨を予告した場合は、この限りでない。
第762条〔夫婦財産の共有原則,特有財産の例外〕
夫婦が共用する財産は,夫婦の共有とする。
2 一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は,その特有財産とする。ただし,その者が,その財産を夫婦の共用に供したときは,この限りでない。
3 夫婦のいずれに属するか明かでない財産は,その共有に属するものと推定する。
4 夫婦財産に関しては,民法249条以下の共有の規定のほか,民法667条以下の組合の規定を準用する。
財産の種類 | 特有財産 | 共有財産 | |
---|---|---|---|
夫婦の共用に 供されていない 財産 |
夫婦の一方が婚姻前から有する財産 | ○ | × |
夫婦の一方が婚姻中に自己名義で得た財産 | |||
夫婦の双方が婚姻中に共有名義で得た財産 | × | ○ | |
夫婦の一方に属することが不明の財産 | |||
夫婦の共用に 供されている 財産 |
夫婦の一方が婚姻前から有する財産 | × | ○ |
夫婦の一方が婚姻中に自己名義で得た財産 | |||
夫婦の双方が婚姻中に共有名義で得た財産 | |||
夫婦の一方に属することが不明の財産 |
第667条〔組合〕
組合契約ハ各当事者カ出資ヲ為シテ共同ノ事業ヲ営ムコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス
2 出資ハ労務ヲ以テ其目的ト為スコトヲ得
第668条〔組合財産の共有〕
各組合員ノ出資其他ノ組合財産ハ総組合員ノ共有ニ属ス
(共用部分)
第4条 数個の専有部分に通ずる廊下又は階段室その他構造上区分所有者の全員又はその一部の共用に供されるべき建物の部分は、区分所有権の目的とならないものとする。
(共用部分の共有関係)
第11条 共用部分は、区分所有者全員の共有に属する。ただし、一部共用部分は、これを共用すべき区分所有者の共有に属する。
2 前項の規定は、規約で別段の定めをすることを妨げない。ただし、第二十七条第一項の場合を除いて、区分所有者以外の者を共用部分の所有者と定めることはできない。
3 民法第百七十七条の規定は、共用部分には適用しない。
(昭五八法五一・追加)