第26回 遺言の執行

演習問題のヒントと解答例

2004年7月6日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


問題1:被相続人Aには,妻B,子C・D・Eがおり,遺産としては農地(時価3000万円)の他には,住宅(時価2000万円)と預金(1000万円)があると仮定する。そして,Aが農業を共に営んできた長男のCに農地を与えたいと思い,「○○所在の農地は,Cに相続させる」という遺言を作成したとする(二宮周平『家族法』新世社(1999年)288-289頁)。このような「相続させる遺言」を例にとって,(1)遺贈,(2)相続分の指定,(3)遺産分割の指定の違いについて,説明しなさい。

第906条【遺産分割の規準】
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。 (昭五五法五一・一部改正)
第907条【分割の実行】
共同相続人は、第908条〔遺言による5年内の分割禁止〕の規定によつて被相続人が遺言で禁じた場合を除く外、何時でも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
A 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
B 前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、分割を禁ずることができる。 (昭二三法二六〇・一部改正)
第908条【遺言による分割方法の指定と分割禁止】
被相続人は、遺言で、分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間内分割を禁ずることができる。

問題2:遺言執行という観点から,特定遺贈と包括遺贈との違いを説明しなさい。

遺贈には,以下のように,包括遺贈と特定遺贈の2種がある(民法964条)。
第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
前3条の規定は,遺言が特定財産に関する場合には,その財産についてのみこれを適用する。

問題3:遺言執行者が「相続人の代理人」とされる意味について,民法総則における代理制度との違いを中心にして説明しなさい。

以下の点が考慮されるべきである。
第1011条【財産目録の調製】
遺言執行者は,遅滞なく,相続財産の目録を調製して,これを相続人に交付しなければならない。
A 遺言執行者は,相続人の請求があるときは,その立会を以て財産目録を調製し,又は公証人にこれを調製させなければならない。
第1012条【遺言執行者の職務権限】
遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
A 第644条乃至第647条〔受任者の義務・責任〕及び第650条〔受任者の費用償還請求権〕の規定は,遺言執行者にこれを準用する。
第1013条【相続人の処分権喪失】
遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
前3条の規定は,遺言が特定財産に関する場合には,その財産についてのみこれを適用する。
第1015条【遺言執行者の地位】
遺言執行者は,これを相続人の代理人とみなす。
(参考)相続財団
相続人の存在が不明なときは,まず相続財産を一応法人とし(民法951条),家庭裁判所の選任する相続財産管理人にその管理・清算をゆだね(民法952条〜957条),なお不明のときは,相続人捜索の公告(6カ月以上)をして(民法958条),それでも相続人である者が現れないときに,相続人の不存在が確定する(民法958条の2)。その結果,清算後の残余財産は,被相続人と特別の縁故があった者(特別縁故者)の請求があれば,家庭裁判所はこれらの者に財産の全部又は一部を分与し(民法958条の3),なお残った財産は国庫に帰属する(民法959条)。

問題4:上記の二つの判決について,それぞれの事実関係をまとめなさい。

問題5:上記の二つの判決について,事実関係の対比を行い,その上で,結論が逆になった原因となったと思われる事実の相違について指摘しなさい。

東京高判平15・4・23金法1681号35頁の人物関係
東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁の人物関係

問題6最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁事実関係をまとめなさい。

最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁の人物関係

問題7最二判平3・4・19民集45巻4号477頁と,最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁との関係をまとめなさい。最高裁平成3年判決は,最高裁平成11年判決によって,どの点が変更されたと考えるべきだろうか。

  1. 平成3年判決の登記実務に対する影響力
    1. 平成3年判決以前の登記実務
      • 遺言執行者がいない場合
        • 相続させる遺言がされた場合には,遺産分割協議を経ていないときでも,相続させる遺言の名あて人(=受益の相続人)が単独で「相続」を原因とする所有権移転登記(=相続登記)の申請をすることができるものとされていた。
      • 遺言執行者がいる場合
        • 相続させる遺言については,遺言執行者も,受益の相続人に代わって相続登記の申請をすることができ(質疑応答五四八九・昭和53年),あるいは,単独で相続登記の申請をすることができるものとされていた(質疑応答六二二〇・昭和58年)。
        • 他方,相続させる遺言により遺産を取得した受益の相続人も,相続登記の申請ができるものとされていたようである。
    2. 平成3年判決
      • 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,遺言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り,当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
      • 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には,当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,当該遺産は,被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。
    3. 平成3年判決以降
      • 遺言執行者がいない場合
        • 以前と同じ。すなわち,相続させる遺言がされた場合には,遺産分割協議を経ていないときでも,相続させる遺言の名あて人(=受益の相続人)が単独で「相続」を原因とする所有権移転登記(=相続登記)の申請をすることができる。
      • 遺言執行者がいる場合
        • 相続させる遺言については,遺言執行者に相続登記を申請する代理権はないとされ(質疑応答七二〇〇・平成3年),遺言執行者は右の登記手続から排除された。
        • 当時の法務省担当者は,「このような遺言がされている場合に,遺言執行者の選任がされていても,遺言執行の余地がないと考えられるので,遺言執行者に代理権限はない」と説明していた。
  2. 平成11年判決の登記実務に対する影響力
    1. 平成11年判決
      • 特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言がされた場合において,他の相続人が相続開始後に当該不動産につき被相続人から自己への所有権移転登記を経由しているときは,遺言執行者は,右所有権移転登記の抹消登記手続のほか,甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる。
    2. 平成11年判決以降の登記実務
      • 平成3年判決以前の登記実務に復帰することになる。
      • 遺言執行者がいない場合
        • 相続させる遺言がされた場合には,遺産分割協議を経ていないときでも,相続させる遺言の名あて人(=受益の相続人)が単独で「相続」を原因とする所有権移転登記(=相続登記)の申請をすることができる。
      • 遺言執行者がいる場合
        • 相続させる遺言については,遺言執行者も,受益の相続人に代わって相続登記の申請をすることができ,あるいは,単独で相続登記の申請をすることができる。
        • 他方,相続させる遺言により遺産を取得した受益の相続人も,相続登記の申請ができる。

問題8:わが国の遺言執行制度について,問題点を指摘した上で,自分なりの遺言執行制度の改革案をまとめなさい。

以下の点を参考にして,各自の改革案をまとめること。
遺言は,いつでも作成できるが,撤回も自由であり,かつ,新しい遺言に抵触する古い遺言は,その範囲で効力を失うため,裁判所のチェックなしに遺言が有効であることを前提に受遺者や遺言執行者が単独で行為できるようにすることは,危険が伴う。特に,遺言の検認のシステムが形式的で,遺言の効力を左右しないわが国においては,この点の配慮が特に必要である。
したがって,遺言に基づく権利を実現するためには,遺産分割の協議や裁判という複数の目による監視が可能な手続によるチェックに服させることが有用である。
今回取り上げた判決では,遺言執行者が訴えの提起を余儀なくされているが,そのことを通じて,このようなプロセスを経ることの重要性が明らかとなっている。

問題9:以上の遺言執行制度の改革案を前提にして,東京高判平15・4・23金法1681号35頁または東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁のいずれかを選んで,判例批評を行いなさい。

練習問題8の考慮事項を参考にして,各自で判例批評を行うこと。