2004年7月6日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
問題1:被相続人Aには,妻B,子C・D・Eがおり,遺産としては農地(時価3000万円)の他には,住宅(時価2000万円)と預金(1000万円)があると仮定する。そして,Aが農業を共に営んできた長男のCに農地を与えたいと思い,「○○所在の農地は,Cに相続させる」という遺言を作成したとする(二宮周平『家族法』新世社(1999年)288-289頁)。このような「相続させる遺言」を例にとって,(1)遺贈,(2)相続分の指定,(3)遺産分割の指定の違いについて,説明しなさい。
第906条【遺産分割の規準】
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。 (昭五五法五一・一部改正)
第907条【分割の実行】
共同相続人は、第908条〔遺言による5年内の分割禁止〕の規定によつて被相続人が遺言で禁じた場合を除く外、何時でも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
A 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
B 前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、分割を禁ずることができる。 (昭二三法二六〇・一部改正)
第908条【遺言による分割方法の指定と分割禁止】
被相続人は、遺言で、分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間内分割を禁ずることができる。
問題2:遺言執行という観点から,特定遺贈と包括遺贈との違いを説明しなさい。
遺贈には,以下のように,包括遺贈と特定遺贈の2種がある(民法964条)。
- 包括遺贈
- 遺産の全部あるいは何分の1という形でされるもので,包括受遺者は相続人と同一の法律的地位に立つことになり,相続の承認,相続放棄,遺産分割などの規定がそのまま適用される(民法990条)。
- ただし,包括受遺者には遺留分がなく,代襲相続もない。また,包括遺贈を原因とする登記申請は包括受遺者と遺言執行者との共同申請となるなどの点で,相続人とは異なる(二宮周平『家族法』新世社(1999年)337頁)。
- 特定遺贈
- 特定の財産についてされるもので,財産が特定・独立のものである限り,直ちに権利移転を生ずると解される。しかし,受遺者は遺贈義務者に対する意思表示で遺贈を放棄できる(民法986条)。
第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
前3条の規定は,遺言が特定財産に関する場合には,その財産についてのみこれを適用する。
問題3:遺言執行者が「相続人の代理人」とされる意味について,民法総則における代理制度との違いを中心にして説明しなさい。
以下の点が考慮されるべきである。
- 遺言執行者は,過渡的に被相続人の承継人となっている相続財産の内から,相続人の遺言意思によって受遺者に帰属すべき財産を,被受遺者へと帰属させるプロセスを実行しなければならない。
- この仕事は,本来は,相続人の存在が不明なときに過渡的に形成される相続財団と同じように,被相続人の相続財産を過渡的に財団としておき,その理事(管理者)が主催者となって,遺産分割手続の一環として行うべき仕事であり,手続の終了とともに,財団をはじめにさかのぼって消滅させるという方法をとるのが望ましい。
- しかし,現行法は,そのような方法を採用していないため,相続財産の管理は,相続人,受遺者,遺言執行者の間でバランスを取りながら行うほかない。
- 遺言執行者が被相続人の意思に従って,過渡的に相続人の帰属している財産を移転したり,対抗要件を具備したりするためには,遺言執行者は,「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務」(民法1012条1項)を有しなければならない。その権限を正当化するための手段が「相続人の代理人であるとみなされる」(民法1015条)ことによって得られる代理権であり,かつ,代理行為を遂行するに際して,相続人本人の介入を阻止するための相続人の処分権喪失規定(民法1013条)である。
- もっとも,遺言執行者の権限の源泉である遺言は,常に,撤回(取り消し)の危機にさらされ,無効が問題となる不安定なものに過ぎない。遺言が無効であれば,遺言執行者の行為もすべて無意味となってしまう。
- このような危険を回避するためには,遺言の検認を実質的なものに変更する必要があるが,それが,なされていない現状においては,遺言執行者の権限をチェックするプロセス,特に,遺産分割の手続と訴訟を含めた裁判所の関与がなによりも重要となる。
第1011条【財産目録の調製】
遺言執行者は,遅滞なく,相続財産の目録を調製して,これを相続人に交付しなければならない。
A 遺言執行者は,相続人の請求があるときは,その立会を以て財産目録を調製し,又は公証人にこれを調製させなければならない。
第1012条【遺言執行者の職務権限】
遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
A 第644条乃至第647条〔受任者の義務・責任〕及び第650条〔受任者の費用償還請求権〕の規定は,遺言執行者にこれを準用する。
第1013条【相続人の処分権喪失】
遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
前3条の規定は,遺言が特定財産に関する場合には,その財産についてのみこれを適用する。
第1015条【遺言執行者の地位】
遺言執行者は,これを相続人の代理人とみなす。
(参考)相続財団
相続人の存在が不明なときは,まず相続財産を一応法人とし(民法951条),家庭裁判所の選任する相続財産管理人にその管理・清算をゆだね(民法952条〜957条),なお不明のときは,相続人捜索の公告(6カ月以上)をして(民法958条),それでも相続人である者が現れないときに,相続人の不存在が確定する(民法958条の2)。その結果,清算後の残余財産は,被相続人と特別の縁故があった者(特別縁故者)の請求があれば,家庭裁判所はこれらの者に財産の全部又は一部を分与し(民法958条の3),なお残った財産は国庫に帰属する(民法959条)。
問題4:上記の二つの判決について,それぞれの事実関係をまとめなさい。
問題5:上記の二つの判決について,事実関係の対比を行い,その上で,結論が逆になった原因となったと思われる事実の相違について指摘しなさい。
東京高判平15・4・23金法1681号35頁の人物関係 |
東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁の人物関係 |
問題6:最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁の事実関係をまとめなさい。
最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁の人物関係 |
問題7:最二判平3・4・19民集45巻4号477頁と,最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁との関係をまとめなさい。最高裁平成3年判決は,最高裁平成11年判決によって,どの点が変更されたと考えるべきだろうか。
問題8:わが国の遺言執行制度について,問題点を指摘した上で,自分なりの遺言執行制度の改革案をまとめなさい。
以下の点を参考にして,各自の改革案をまとめること。
遺言は,いつでも作成できるが,撤回も自由であり,かつ,新しい遺言に抵触する古い遺言は,その範囲で効力を失うため,裁判所のチェックなしに遺言が有効であることを前提に受遺者や遺言執行者が単独で行為できるようにすることは,危険が伴う。特に,遺言の検認のシステムが形式的で,遺言の効力を左右しないわが国においては,この点の配慮が特に必要である。
したがって,遺言に基づく権利を実現するためには,遺産分割の協議や裁判という複数の目による監視が可能な手続によるチェックに服させることが有用である。
今回取り上げた判決では,遺言執行者が訴えの提起を余儀なくされているが,そのことを通じて,このようなプロセスを経ることの重要性が明らかとなっている。
- 東京高判平15・4・23金法1681号35頁
- 相続人の一人が,遺言無効訴訟を提起し,その訴訟が継続中の事件である。裁判所が遺言執行者の権限を一方的に否定したことは確かに行き過ぎである。
- しかし,継続中の遺言無効確認訴訟の結果によって,遺言執行者の権限が左右されることになるのであるから,その訴訟の結果がでるまで,遺言執行者の権限を否定した点では,評価に値する判決ということができよう。
- 東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁
- 遺言執行に関して,相続人間に争いはなかったが,銀行が遺言の有効性を争うことによって,検認では十分に機能しない,遺言の有効性が,訴訟を通じて確認されている。
- 最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁
- 公正証書による「相続させる遺言」が前後して2つ作成され,無効な第1遺言に従って,登記がなされたという,遺言による登記の単独申請の危険性が明白となった事例である。
- 有効な遺言に基づいて指定された遺言執行者が,訴えを通じて,無効な公正証書遺言に基づく登記の抹消手続と,有効な遺言に基づく移転登記手続を行う権限を有するとしたことは評価しうるが,その理由において,無効な遺言に基づく登記の単独申請を認めている点については,再検討を要する。
問題9:以上の遺言執行制度の改革案を前提にして,東京高判平15・4・23金法1681号35頁または東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁のいずれかを選んで,判例批評を行いなさい。
練習問題8の考慮事項を参考にして,各自で判例批評を行うこと。