[top]
作成:2010年9月24日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
債権担保法という概念とその成文法化は,実は,120年も前に制定された旧民法の債権担保編によって実現されていた。そこでは,人的担保(保証,連帯債務)と物的担保(留置権,先取特権,質権,抵当権)が統一的に規定されていた。旧民法が施行されないまま廃止され,それに代わって制定された現行民法は,ドイツ流のパンデクテン方式を採用したため,人的担保が債権編へ,物的担保が物権編へと分断されることになった。このため,両者は次第に別々の制度として考えられるようになった。しかし,人的担保と物的担保とは,付従性という共通の性質を有しており,物上保証という制度によって密接に関連している。フランス民法典が,2006年の民法改正によって,担保編を創設し,それまでばらばらに規定されていた人的担保と物的担保とを統合したことは,旧民法の考え方がいかに優れていたかを実証することになった。
ここでは,フランス民法典の担保法の改正を契機として,フランス民法典の改正を先取りした旧民法とドイツ民法に近いと考えられてきた現行民法とを比較することを通じて,現行民法の担保法部分は,ドイツ民法やフランス民法とも異なり,ボワソナードが起草した旧民法の債権担保編の規定をわずかな修正を加えただけで成立したものであることを明らかにするとともに,人的担保と物的担保とを統一的に把握することによって,担保法の体系を再構成できることを明らかにする。
わが国の担保法を考える上で,現行民法の成立過程を振り返ってみると,いくつかの重要な点を発見することができる。とくに,わが国の担保法の母法ともなっているフランス民法典における最近の改正(2006年の担保法改正)は,担保法の体系をどのように構築すべきかという点で参考になる。
フランス民法典〔2007年版〕Dalloz社の表紙 裏表紙に,2006年担保法改正(人的担保と物的担保の統一) @2006年3月23日のオルドナンスによる担保法の改革。 |
|
*図8 Dalloz社のフランス民法典2007年版 |
2006年のフランス民法典の改正(2006年3月23日のオルドナンス)により,それまで,別々に規定されていた人的担保(Des suretes personnelles)と物的担保(Des suretes reelles)が1つの編(フランス民法典第4編:担保編(Livre IV: Des suretes))にまとめられることになった(詳しくは,平野裕之「2006年フランス担保法改正の概要/改正経緯及び不動産担保以外の主要改正事項」ジュリスト1335号(2007)36頁以下,片山直也「2006年フランス担保法改正の概要/不動産担保に関する改正について」ジュリスト1335号(2007)49頁以下を参照のこと)。
わが国の旧民法は,ボワソナードによって起草された(1890年)。旧民法☆は,わが国最初の民法典であり,現行民法の土台となった法典である。2006年のフランス民法改正よりも120年も前に,旧民法では,すでに,人的担保と物的担保を債権担保編として1箇所に規定していた。
旧民法の編成:人事編/財産編/財産取得編/債権担保編/証拠編/
ボワソナードが起草した旧民法の債権担保編の構成☆☆☆は,以下の通りであり,ドイツ民法とは全く異なる上,当時のフランス民法の編成とも異なっていた(むしろ,2006年の担保法改正によって実現された現行のフランス民法典編成とほぼ同じである)。
このように,旧民法には,フランス民法に規定がなかった留置権,および,ドイツ民法に規定がない先取特権が規定されていた(現行民法も,留置権,先取特権を明文で規定しており,現行民法は,構成こそ異なるものの,旧民法の考え方を引き継いでいる)。 |
|
*図9 旧民法を起草した 近代私法の父ボワソナード |
旧民法は,1893(明治26)年から施行されることになっていたが,その施行をめぐって法典論争が起こり,断行派(フランス法派)と延期派(イギリス法派等)とが争った結果,延期派の勝利に帰し,旧民法は,一度も施行されることなく廃止となり,ボワソナードは,1895年に帰国した。
しかし,旧民法は,その廃止によっても,価値が損なわれたわけではない。フランス民法典は,担保法改正(2006)によって,第4編として担保編(suretes)を創設し,人的担保と物的担保とを統一的に規定するに至っているが,旧民法は,それより100年以上も前に,担保法の統合を実現していたことになるのであり,ボワソナードの先見性,旧民法の法典としての完成度の高さが実証されたことになる。
法典論争の結果,旧民法が廃止されたため,現行民法の起草者(穂積陳重(延期派),梅謙次郎(断行派),富井政章(延期派)の3人)が,ボワソナードの作成した旧民法を修正する☆という形で,現行民法(1898)を起草した。 現行民法は,ドイツ民法に倣ってパンデクテン方式を採用したため,債権担保法のうち,人的担保を債権編へ,物的担保を物権編へと分割・移動☆☆することになった。 ただし,現行民法が,旧民法には規定があってドイツ民法に規定がない「先取特権」の規定を有していることは,内容に関しては必ずしも,ドイツ法一辺倒となっているわけではないことを示している。そればかりでなく,個々の条文については,むしろ,旧民法の条文を変更していないものが多い(現行民法の個々の条文が旧民法のどの条項を修正したのかという点については,[民法理由書(1987)]☆☆☆を読めばわかる)。 |
|
*図10 現行民法の起草者 左から富井,梅,穂積 |
たとえば,先取特権,質権,抵当権は,ともに,他の債権に先立って自己の「債権の弁済を受ける権利」として定義されている。「債権の弁済を受ける権利」とは,債権の定義そのものであり,物権の定義からはかけ離れている。この点でも現行民法は,旧民法の「債権担保編」の考え方を受け継いでいるといってよい。
本書の考え方は,従来の学説とは全く異なるものであるが,「担保とは,債権の掴取力の強化である」というものであり,理論的には単純で,完結した体系を有している。
第1に,人的担保である保証については,これを債権の掴取力の量的強化,すなわち,責任財産の個数の拡大であると考えており,従来の考え方と矛盾するものではない。第2に,物的担保については,これを債権の掴取力(潜在的な換価・処分権)の質的強化,すなわち,債権者平等の原則の例外としての事実上または法律上の優先弁済権が付与されたものと考えており,優先的に「弁済を受ける権利(債権)」を物権として構成するよりも,はるかに説得的であろう。第3に,物的担保の通有性についても,債権の掴取力が債権に従属するのは当然であるから,付従性,不可分性という例外のない通有性を確保することができる。第4に,物的担保に特有の性質とされてきた直接取立権,追及効,優先弁済権も債権法の内部にこれらを実現する制度が存在していることを明らかにしているのであるから,物的担保を債権の掴取力の強化として捉えても,これらの点について,従来の考え方の結論と同じ結論を導くことが可能である。第5に,人的担保と物的担保とを債権の掴取力の強化として統一的に考察できるようになると,人的担保と物的担保のはざまで,その性質が十分に解明されていなかった物上保証についても,抵当目的物の第三取得者,詐害行為の受益者・転得者との関係を含めて,統一的に理解することが可能となる。
以下の*表6は,本書の体系を示すものである。一見,大きな表に見えるが,各部分をみると,すでに述べた*表4と*表5とを合成し,かつ,それに非典型担保を追加したものであって,これまでの検討を踏まえて作成されたものに過ぎない。
担保の分類(大中小) | 性質・内容 | 対象・目的物 | 民法の根拠条文 | ||||
大 | 中 | 小 | |||||
債 権 担 保 法 |
手 段 ・ 総 論 |
直接取立権 | 債権者代位権 | 第三債務者に取立てを行う権利 | 債務者の債権 | 民法423条 | |
直接訴権 | 第三債務者に排他的に取立てを行う権利 | 債務者の債権 | 民法314条,613条 (自賠法16条) |
||||
追及権 | 詐害行為取消権 | 受益者,転得者の財産に追及できる権利 | 第三者の責任財産 | 民法424-426条 | |||
優先弁済権 | 同時履行の抗弁権 | 履行拒絶による事実上の優先弁済権 | 対立する債権・債務 | 民法533条 | |||
相殺権 | 牽連性ある債権に対する即時・優先回収権 | 受働債権 | 民法511条,468条2項 | ||||
実 体 ・ 各 論 |
人的担保 | 保証 | 債務者に代わって債務の弁済をする責任 | 責任財産 | 民法446-465条の5 | ||
連帯債務 | 債務と保証(連帯保証)との結合 | 民法432-445条 | |||||
物 的 担 保 |
典 型 担 保 |
留置権 | 引渡拒絶の抗弁権(事実上の優先弁済権) | 動産,不動産 | 民法295-302条, 194条,475条,476条 |
||
先取特権 | 法律上の優先弁済権 | 動産,不動産,財産権 | 民法303-341条,511条 | ||||
質権 | 留置的効力を利用した約定の優先弁済権 | 動産,不動産,財産権 | 民法342-368条 | ||||
抵当権 | 追及効を伴う約定の優先弁済権 | 不動産,財産権 | 民法369-398条の22 | ||||
非 典 型 担 保 |
仮登記担保 | 帰属清算型とされる約定の優先弁済権 | 不動産 | 民法482条 (仮登記担保法) |
|||
譲渡担保 | 処分清算型の約定の優先弁済権 | 動産,不動産,財産権 | なし(学説・判例) ←立法の必要性大 |
||||
所有権留保 | 譲渡担保の一種(割賦販売等で利用) | 動産,不動産 | 民法128-130条 (割賦販売法7条など) |
従来の学説が,担保法全体を統一的に扱うことができなかった最大の原因は,旧民法が人的担保(保証,連帯債務)と物的担保(担保物権)とを債権担保法の中で統一的に扱っていたにもかかわらず,現行民法が両者を切り離し,人的担保を債権法へ,物的担保を物権法へと編入してしまったことにある。すなわち,現行民法は,人的担保を民法第3編の債権の中の多数当事者の債権・債務の中に編入するとともに,物的担保(担保物権:留置権,先取特権,質権,抵当権)を民法第2編物権の中に編入してしまった。このため,従来の学説も,これに倣い,両者を全く別の制度(債権の問題と物権の問題)として論じてきた。また,人的担保と物的担保とをつなぐ役割を果たす重要な制度である直接取立権,追及効,優先弁済効についても,債権の保全の機能を果たすための直接取立権(債権者代位権),追及効(詐害行為取消権)は債権総論で論じ,優先弁済権を実現するもの(同時履行の抗弁権,相殺)は,契約総論と債権総論とで論じるというように,別々に,かつ,無関係のものとして論じられており,統一的な位置づけはなされていなかった。
本書は,第1に,人的担保と物的担保を「債権の掴取力の強化」という共通の観点から両者を統一するだけでなく,第2に,債権法の中に埋もれていた債権の掴取力を強化する手段としての直接取立権(債権者代位権,直接訴権),追及効(詐害行為取消権),事実上または法律上の優先弁済権(同時履行の抗弁権,相殺権)を掘り起こして担保法総論として創設し,第3に,創設した担保法総論の下に人的担保と物的担保とを担保法各論として再配置することを通じて,わが国で最初の担保法の体系を樹立している(担保法革命2009)。
担保物権の学問的出発点は,条文にはない「担保物権」という用語で観念されている担保(物的担保)を1つのグループとして取り扱うために,それらに共通の性質(通有性)を抽出し,新しい債権担保の仕組みが生じた場合に,それが「担保物権」のグループに入るかどうかを決定できる客観的な基準を用意することにあるといわなければならない。
このような学問的な出発点において,わが国の学説は,担保物権の「通有性」といっても「必ずしも共通の性質とはいえず,いちおうの整理に過ぎない」([道垣内・担保物権(2008)8頁],[清水(元)・担保物権(2008)9頁])などと述べて,通有性の概念を等閑視する傾向にある。これに対して,本書の立場は,実に単純・明解である。なぜなら,本書においては,物的担保とは,債権の掴取力を質的に強化するものとして事実上・法律上の優先弁済権を有する権利であり(物的担保の本質),その通有性とは,債権が存在しなければ物的担保も存在せず(付従性),債権が存続する範囲で優先弁済権も存続する(不可分性)という性質であると考えるからである。
大分類 | 小分類 | 本質・効力 | 通有性 | 特色 | 対抗要件 (原則) |
||
---|---|---|---|---|---|---|---|
物 的 担 保 |
法 定 担 保 |
留置権 | 債権の 掴取力の 質的強化 |
事実上の優先弁済権 (引渡拒絶の抗弁権) |
付従性 (随伴性), 不可分性 |
債務者から使用・収益権を奪う (留置的効力) |
占有の継続 |
先取特権 | 法律上の優先弁済権 (他の債権者に先立って 弁済を受ける権利) |
債務者から使用・収益権を奪わない (優先弁済権そのもの) |
不要 | ||||
約 定 担 保 |
質権 | 債務者(設定者)から使用・収益権を奪う (優先弁済権+(留置的効力∨直接取立権)) |
占有の継続 | ||||
抵当権 | 債務者(設定者)から使用・収益権を奪わない (優先弁済権+追及権) |
登記 |
第1に,物的担保の内包は,換価・処分権を有する物権かどうかではなく,債権の掴取力に質的な強化が認められているかどうかで決定される。すなわち,一定の債権(被担保債権)に,事実上または法律上の優先弁済権(他の債権者に先立って弁済を受ける権利)が認められるかどうかが物的担保かどうかを判断する基準となる。したがって,事実上の優先弁済権を有する留置権も,法律上の優先弁済権を有する先取特権,質権,抵当権も物的担保であるし,民法以外でも,例えば,明文上優先弁済権が認められている仮登記担保[仮登記担保法13条]も物的担保である。さらに,民法・特別法にも明文の規定はないが,判例によって優先弁済権が認められている譲渡担保も物的担保ということができる(〈最三判昭57・9・28判時1062号81頁,判タ485号83頁〉は,譲渡担保権者は,「優先的に被担保債務の弁済に充てることができる」としている。また,〈最二決平11・5・17民集53巻5号863頁〉は,譲渡担保権に基づく物上代位権の行使を認めている)。
第2に,物的担保は,債権の掴取力の質的な強化として,一定の債権に他の債権者に先立って優先弁済を受けることができるという効力が認められるに過ぎないので,債権が消滅すれば,債権の掴取力も消滅すること(物的担保の付従性)は当然のことであり,物的担保の付従性を特別扱いする必要がなくなる。このことは,先に述べたように,他人の債務を肩代りして弁済する責任に過ぎない人的担保の場合にも,債務が消滅すれば,債務を弁済する責任が消滅すること(人的担保の付従性)は当然のことであるのと同様であり,付従性は,人的担保,物的担保を問わず,すべての担保に共通する性質ということができる。
もっとも,広い意味での付従性に含まれる随伴性については,一定の留保が必要となる。その理由は,民法は,優先弁済権の処分(広い意味での譲渡)を認めており,ある債権の優先弁済権は,他の債権のためにそれを全部,または,一部譲渡することが可能である。そうだとすると,物的担保の随伴性は,必然的とはいえないことがわかる。なぜなら,優先弁済効つきの債権を譲渡する場合に,その優先弁済効だけを元の債権に譲り直すことによって,物的担保の随伴性を破ることができるからである。さらに,法定担保物権である先取特権の場合には,ある債権に優先弁済権を与えることが,弱者保護のためである場合があり,例えば,労働者が一定の範囲で給料債権を銀行に譲渡した場合に,債権の譲渡を受けた銀行が,給料債権の先取特権を行使できるかどうかについては,異論がありうるからである。このようにして,優先弁済権の譲渡を認める限度で,または,法定担保物権の優先順位の授与の理由に基づいて,物的担保の随伴性には例外が認められることになる。したがって,付従性とは異なり,物的担保の随伴性は,厳密な意味での通有性とはいえない。
第3に,物的担保の不可分性は,被担保債権が存続する限りで,物的担保の目的物に対する優先弁済権が存続するとする制度である。債権が消滅すると物的担保も消滅するというように,付従性が物的担保の従属性のうちの消極的な側面を明らかにするものであるのに対して,物的担保の不可分性は,債権が存続する限り,目的物に対する優先弁済権が存続するという,債権に従属する物的担保の積極的側面を明らかにするものである。
もっとも,一方で,優先弁済権の目的物が換価・処分されるまでは,債権が存続する限り優先弁済権は存続するが(物的担保の不可分性),他方で,物的担保が換価・処分されたが,被担保債権が完全には充足されずに,被担保債権が一般債権として存続するという場合には,不可分性は機能しないというという点に注意しなければならない。その理由は,前者の場合には,債権の優先弁済権が消滅していないのに対して,後者の場合には,換価・処分によって債権の優先弁済権はすでに満足を受けており,残りの債権は,優先弁済権のない一般債権として生き残っているだけであり,優先弁済権の作用としての不可分性は問題とならないからである。
このように考えると,物的担保の本質は,債権の掴取力に事実上,または,法律上優先弁済効が付与されたものであり,債権の他に,別個・独立の物権が存在するわけではないことが明らかとなる。すなわち,担保物権の性質は,物的担保が債権の消滅と運命を共にすることであり(付従性),または,債権が存続する限りで目的物から優先弁済権を得ることができるということであり(不可分性),いずれも,物的担保が独立・別個の権利ではなく,債権に従属する債権の優先弁済効に過ぎないことを物語っているのである。
本書は,創設された担保法の体系[加賀山・担保法(2009)]に基づいて記述された最初の教科書である。本書のように,人的担保と物的担保とを債権の掴取力の量的強化と質的強化(優先弁済権)として統一的に捉える考え方と,人的担保は債権・債務関係であり,物的担保は物権法に属すると考える従来の学説では,考え方に大きな違いが生じる。しかし,本書の考え方と従来の説との違いは,結論にはほとんど影響を与えない。したがって,従来の考え方を気にすることなく本書に従って学習しても問題は生じないはずである。そうはいっても,従来の考え方を理解しないでいるのは不安であろうから,以下において,本書の考え方と従来の考え方とを対比しておくことにする。
争点 | 通説の考え方 | 本書の考え方(加賀山説) | ||
---|---|---|---|---|
人 的 担 保 |
保 証 |
債務とは「別個・独立」に保証債務という「債務」が存在すると考える(保証=債務)。しかし,本来の債務が消滅すると保証債務も消滅する(保証債務には付従性がある)ことを認めざるをえず,「別個・独立」の債務という出発点と矛盾している。 | 保証人は,債務者に代わって本来の債務を履行する責任を負うだけであり,本来の債務以外に保証債務という別の債務が存在するわけではない(保証=債務のない責任)。付従性は,「別個・独立」の債務が存在しないことの証拠に過ぎない。 | |
物 的 担 保 |
典 型 担 保 |
総 論 |
債権とは「別個・独立」に,担保物権という「物権」が存在すると考える(担保物権=物権)。しかし,債権が消滅すると担保物権も消滅する(担保物権は付従性がある)ことを認めざるをえず,「別個・独立」の物権という出発点と矛盾している。 | 担保物権とは,債権者の掴取力に優先弁済効が付加されただけであり,債権以外に担保物権という物権が存在するわけではない(担保物権=債権の優先弁済効)。担保物権の付従性は,「別個・独立」の物権が存在しないことの証拠に過ぎない |
留 置 権 |
占有を失うと消滅する点で,物権性は弱いが,同時履行の抗弁権とは異なり,対抗力(ただし,民法177条,178条には従わない)を有する物権である。 | 債権に関連して物を占有している場合に,債権者に与えられる引渡拒絶の抗弁権である(積極的な換価・処分権も有しないのであり,物権ではありえない)。しかし,それが対抗力を持つことによって事実上の優先弁済権が生じている。 | ||
先 取 特 権 |
債権に優先弁済効が与えられているのではなく,債権とは別個に存在する,優先弁済権という物権である。ただし,一般先取特権の場合は,物との関連がないため,物権というべきかどうかで説は分かれている。 | 担保目的の「保存」,「供給」,「環境提供」に関連する債権に対して与えられる法律上の優先弁済権。特に,物との関係を有しない一般先取特権が物権でないことは,明らかであると思われる。 | ||
質 権 |
留置的効力と優先弁済権を有する,債権とは別個の物権である。ただし,権利質の対象については債権を含むので,物権というべきかどうかで疑問が生じている。 | 債務者の使用・収益権を奪うことによって債務者に心理的圧力を加え,約定と公示を通じて与えられる債権の優先弁済効。債権を対象とする債権質が物権でないことは明らかであると思われる。 | ||
抵 当 権 |
登記によって優先弁済権を有する,債権とは別個の物権である。先に登記した抵当権は,後に設定された賃借権を覆滅できる。ただし,使用・収益に関与しない抵当権にそこまでの権利を与えるべきかどうかで疑問が生じている。 | 債務者の使用・収益権を奪うことなく,そこから債権の回収を図るとともに,約定と公示を通じて与えられる債権の優先弁済効。使用・収益権を奪うことはできないので,後に設定されたものを含めて,賃借権を覆滅できないと考える。 | ||
非 典 型 担 保 |
非典型担保においては,目的物の所有権が債権者に移転する(非典型担保=所有権が債権者に移転するもの)と考える。しかし,後順位担保権者の承認および帰属清算方式の不合理性の認識(実務上の忌避)を通じて,所有権は移転しないのではないのかとの疑問が生じている。 | 債権者は,担保目的物に対して,換価・処分権を有するだけであり,一時的にでも,目的物の所有権を取得することはないと考える。債権者が所有権を取得できるのは,買受人となった場合に限られる(担保=所有権が債権者に移転しないもの)。 |
*表8の対照表によって,従来の教科書が,誰にとっても難解である理由が明らかになったと思われる。従来の教科書が,ほとんどの学生を担保法嫌いにするほどに難解となっていた原因は,以下の通りである。
第1に,人的担保と物的担保を一方は債権に属するものとして,他方は物権に属するものとして,両者を非連続なものとして把握しているため,全体的な理解が困難となっている。
第2に,物的担保を物権として構成してきたために,物権だが債権に従属する(付従性)とか,物権だが,対抗要件については,民法177条に従わない(留置権,先取特権)とか,物権だが対抗要件は178条にも従わない(質権,抵当権の処分)など,原則よりも例外が多く,論理が迷路のように入り込んでいるため,教師も担保法を担当するのを敬遠しがちになるし,学生も担保法を苦手とする者が圧倒的な多数であるというひずみが生じてきた。
本書はそのようなひずみを是正するために,人的担保と物的担保とを架橋する担保法総論を創設することによって担保法の体系を完成するとともに,例外の少ない構造化された担保法の体系(担保法総論,担保法各論(人的担保,物的担保))を構築している。
本書を素直に読めば,担保法全体を有機的に理解することができる。本書の結論は,一部の問題(抵当権と賃借権との調和)で通説の見解と異なるが,その他については,結論は異ならない。したがって,ほとんどの人が途中で挫折するほど難解な通説を勉強する前に,本書で,例外のない担保法の新しい体系を理解しておけば,複雑怪奇な通説を理解するのも極めて容易となる。
つまり,本書を読めば担保法の体系と個々の問題に対する基本的な考え方をすべてマスターできるので,難解な通説をいちいち解説する必要はないと考えている。しかし,読者の中には,本書の立場と通説との違いが気になる人もいるであろう。そこで,本書と通説との違いを一覧表で示したのが上の*表8である。本書を読んでいて,その問題を通説はどのように説明しているのだろうかと不思議に思った場合には,この*表8に立ち返ってみればよい。
担保法の体系に関する以上の問は,これまで,誰も解いたことがない問題である。もしも,読者が,これらの問に答えることができたとしたら,それは,読者が,従来の民法学の水準を超えたことを意味する。
[top]