法学部での反転授業展開のノウハウと教育に関する評価基準

作成:2016年8月3日
明治学院大学法学部教授 加賀山 茂


1.アクティブ・ラーニングの普及と大学教育におけるパラダイムシフト


1-1. アクティブ・ラーニングの基本的な考え方

アクティブ・ラーニングとは,教育の主体は教員ではなく,学習主体としての生徒・学生であると考え,教育目標としての知識の修得は,知識の伝達ではなく,学習主体が既存の知識を再編成することによって知識を創造・獲得するという教育・学習理論に基づいた教育方法のことをいう。この教育方法は,大学において主流を占めていた教員主導による一方通行的な講義形式の教育では不十分であるとし,これに替えて,教員に対して,学習主体を支援するため優れた教材を作成し,学生同士の切磋琢磨を促進する役割に徹することを求めるものであり,まさに,大学教育のパラダイム・シフト([クーン・科学革命の構造(1971)])というにふさわしい。

アクティブ・ラーニングにおいては,教員は,教育の主役の役割を学生に譲り(大政奉還),自らは,学習の支援者の役割を果たすべく,優れた教材(特にビデオ教材)を作成して,学習主体である学生に対して,予習を促し,それらの教材を事前に提供することから始めなければならない。そして,教室では,学習上の疑問点の解明とか,新しい問題の解法とかが,学生同士によって議論されるのであり,教員は,教師と学生,学生同士の議論を活発化させたり,助言を通じて,議論があらぬ方向に向かうのを修正したり,質問に答えたり,ともに学んだりすることに徹しなければならない([芝池=中西・反転授業が変える未来の教育(2014)])。つまり,教員は,従来の講義スタイルを捨てて,学習の支援者となり,教えることを極力控えなければならない[戸田・教えるな(2011)])。したがって,教員の教育に対する報酬も,これからは,研究業績に基づく一方的な講義の対価ではなく,研究業績を踏まえた優れた教材の作成・更新(結果債務)と,アクティブ・ラーニングの授業運営(手段債務)に対する対価へと変化していくものと思われる。

1-2. アクティブ・ラーニングの潮流

このようなアクティブ・ラーニングが注目される契機となったのは,2012(平成24)年8月28日の中央教育審議会(中教審)の答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け,主体的に考える力を育成する大学へ~」(質的転換答申)である。

この中教審の答申,すなわち,「質的転換答申」(2012)において,大学がわが国にとって必要な人材を養成するためには,「従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から,教員と学生が意思疎通を図りつつ,一緒になって切磋琢磨し,相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り,学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である」との提言が,アクティブ・ラーニングが注目されるきっかけを作ったのである。

その後,アクティブ・ラーニングの考え方は,小・中・高の教育改革の指導原理としても位置づけられ,教育改革の目玉として,初等教育にも波及していく。2014年11月20日に文科省の下村大臣の諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」は,初等教育においても,「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)や,そのための指導の方法等を充実させていく必要が必要」ではないのかとの諮問がなされるに至る。

それを受けて,2014(平成26)年12月22日に出された,中教審の答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革について」においては,高等学校の指導要領を改訂し,アクティブ・ラーニングを実施すべきこと,さらに,大学においても,「学生が主体性を持って多様な人々と協力して問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(以下「アクティブ・ラーニング」という。)の充実などに向けた教育改善」が求められるとの方向性が明らかにされる。

その後も,2015(平成27)年5月14日における教育再生実行会議における第7次提言「これからの時代に求められる資質・能力と,それを培う教育,教師の在り方について」においても,「小・中・高等学校から大学までを通じて,課題解決に向けた主体的・協働的で,能動的な学び(アクティブ・ラーニング)へと授業を革新し,学びの質を高め,その深まりを重視することが必要」であるとされている。さらに,2015(平成27)年8月21日の教育課程企画特別部会における論点整理について(報告・8月26日確定)では,特に高等学校において,「アクティブ・ラーニング」を重視することが求められるに至っている。

このようにして,現在,文科省は,予算措置を含めて,初等教育におけるアクティブ・ラーニングの普及に本腰を入れている。したがって,やがては,大学へ入学を希望する高校生たちは,小・中・高校ばかりでなく,大学においても,アクティブ・ラーニングを継続できる環境を求めるようになることが明らかであろう(法教育の必要性の一般理論については,[加賀山・法教育の必要性(2012)]参照)。

1-3. アクティブ・ラーニングの不可避性と根強い抵抗

教育の歴史を振り返っても,江戸時代に発展を遂げた寺子屋の学習は,年齢の違う子供たちが学び合い教え合うというアクティブ・ラーニングであったし([芝池=中西・反転授業が変える未来の教育(2014)]),明治以降に進められた画一的な講義形式の教育の下でも,勉学意欲のあるエリート学生たちは,予習を中心とした自学自習を行い,学生同士で切磋琢磨を行ってきたのである。つまり,アクティブ・ラーニングは,歴史上の教育上の成功体験を踏まえて,エリートだけでなく,すべての学習者に対して,そのような成功体験を追体験させようとする試みであり,今後もこの流れがとどまることはないと思われる。

この点を考慮するならば,アクティブ・ラーニングをオーガナイズできる教員,および,アクティブ・ラーニングが実行できる教育設備を準備できない大学は,学習意欲の高い高校生から見放され,必然的に淘汰される運命にあることを覚悟すべきであろう。

これまでは,大学の教員は,たとえ,まともな論文が書けなくても,また,学生の知的レベルを高めるような教育ができなくても,とにもかくにも,一方的な講義さえしておけば,定年退職まで,低いとはいえ,安定的に給料を受け取ることができた。しかし,大学教育が,講義による一方的な知識伝達方式から,学生が主体となるアクティブ・ラーニングへとシフトしていくにつれて,教員は,事前に反転授業用の優れた教材(ワークシートとかビデオ教材)を作成し([鈴木克明・教材設計マニュアル(2002)]),授業では,学生の集団学習をオーガナイズできるようでなければ,十分な給料を受け取ることができなくなるか,もしくは,契約を更新してもらうことができなくなると思われる。

その意味で,各大学で進行中の講義形式からアクティブ・ラーニングへの転換は,「腐敗した教員」(ともかく教えてさえいればそれでよしと考えて,学生が何を学び,何ができるようになったかについて無関心である教員のことをいう)にとって,命がけで反対すべき最大の敵であり,最大の脅威となっている。したがって,このような「漫然と同じことをするのが好きで,それ以外の面倒なことをするのを嫌がる」抵抗勢力との戦いを経ることなしに,アクティブ・ラーニングが成功することはないといえよう。

1-4. アクティブ・ラーニングを実現するための教員評価の厳格な基準の必要性

これまでの教員に対する教育に関する評価は,教員がどんなに素晴らしい講義をしているかであり,その派生的効果として,学生に満足を与えているかどうかであった([加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)])。しかし,アクティブ・ラーニングにおいては,教員の教育に関する評価基準は,学習主体である個々の学生がいかに主体的に学習(特に予習)に励むようになったか,その結果として,どのくらい知的レベルを向上させたかという点に絞られる。教員が,いかに素晴らしく,かつ,いかに知的レベルの高い講義をしても,その結果,学生が予習を必要としなくなったり,講義についていけずに知的レベルの向上が見られなければ,その教員の教育に関する評価は限りなくゼロに近づく。

そのように考えると,教員は,その評価を高めるためには,第1に,いかにして学生たちの学習意欲を高め,予習に取り組ませることができるか,第2に,授業では,学生同士が切磋琢磨しながら,困難な問題に立ち向かう能力を養うことができるか,第3に,学生たちの主観的な評価を超えた,客観的な自己評価基準を身につけさせているかを問題としなければならない。この目標を実現するために,各大学が,例えば,以下のような項目を中心にした教員の教育評価システムを作成し,FD会議で評価するというのも一案と思われる。

第1に,教員は,単にシラバスを作成したり,レジュメを作成するだけでは不十分であり,学生たちが進んで予習することができるような,興味深い教材(ワークシート,または,ビデオ教材)を作成して事前に学生に配布する必要がある([加賀山・ビデオ教材の作成と授業の可視化(2013)])。このことが,アクティブ・ラーニングを実現するための最初の作業であることをすべての教員が自覚すべきである。これを実現しない教員は,その時点で,教育に関する評価がゼロとなると考えるべきであろう(教材による評価:30点)。
第2に,教員は,授業運営において,学生たちが予習によって身に着けた能力を発揮できるような,または,それだけでは太刀打ちができない困難な問題を取り上げて,いかにして,そのような困難な問題を解決することができるのかを,学生同士の共同作業,または,学生同士の議論を通じて実現できるように,環境を整え,適宜にアドバイスをし,学生たちの知的レベルが向上するように支援しなければならない。このような授業運営ができなければ,教育に関しいて,よい評価を得ることはできないと考えるべきである(学生アンケート,授業参観のレポートによる評価:20点)。
第3に,学生たちは,授業を通じて,優越感とか劣等感とかの主観的な自己評価を形成することになるが,小テストを実施したり,レポートを作成させ,それを添削して返却したりすることを通じて,そのような主観的な評価基準を客観的な自己評価基準へと矯正する手段を講じなければならない。小テストを実施するが,その採点結果を返却をしないとか,レポートを提出させても,その添削と返却をしないようでは,教育に関して,よい評価を得ることができないと考えるべきである(レポートの添削による評価:20点)。
第4に,期末試験においては,客観的な評価基準に基づいて,答案の採点を行い,その採点について,異議を申し立てる機会を確保すべきである。答案の採点基準の透明性と,採点過程の透明性を実現できなければ,教員の教育に関する評価はふたたび,ゼロに近づくことになる(答案の採点による評価:30点)。

このような教員の教育評価基準は,大学の各学部・学科ごとのFD会議で作成し,すべての教員に事前に開示し,時間をかけてブラッシュアップしていくことが必要であろう。


2.アクティブ・ラーニングに必須のビデオ教材の事前作成の必要性と効用


少人数教育が実現可能となりつつある現代において,アクティブ・ラーニングは,個々人の知的レベルのアップにとっても,知識の応用力を向上される上でも,メリットが大きい。しかし,アクティブ・ラーニングにもデメリットがないわけではない。最大のデメリットは,知識の獲得に時間がかかることであろう。

教室での議論を実りあるものにするためには,事前の学習を通じて,学生が一定水準の知識を修得していることが必要である。そこで,教師が作成し,授業の前に提供すべきワークシート,または,ビデオ教材が,アクティブ・ラーニングのデメリットを克服するために必要となる。

特に,重要なのはビデオ教材であり,ビデオ教材は,パソコンではもちろんのこと,現代の学生のライフスタイルに合わせて,スマートフォンでも見ることができるように作成し,ワンクリックで学習ができるように工夫されていなければならない。

学生たちは,授業に先立って,ビデオ教材を見ながら自分のノートを作成し,疑問点や理解したことをまとめてから,教室での議論に参加し,新しい問題の解法に挑戦する。それだからこそ,アクティブ・ラーニングは,従来の講義形式の教育と比較して,学生の知識の応用力の獲得だけでなく,知識獲得においても,著しい効果を発揮することができるのである。


3.教師が独自にビデオ教材を作成する際の負担を軽減する方法


私は,担当する教科すべて(債権総論1,債権総論2,1年次演習,2年次演習,ビジネス総論,中小企業研究,契約法)について,毎回の授業に対応するビデオ教材の事前の作成を完了し,そのほかにも,高校生に対する法教育用のビデオ教材(例えば,「法解釈は面白く,おそろしい」),FD会議用のビデオ教材(例えば,「厳格かつ公正の成績評価の方法」)など,多数のビデオ教材を作成して,以下のWebサイトにおいて,学生ばかりでなく,社会一般に公開している。

 
 加賀山茂のホームページ
http://cyberlawschool.jp/kagayama/

 ・ 加賀山茂が作成したビデオ教材の一覧
http://cyberlawschool.jp/kagayama/PublishedBooks/VideoMaterials/VideoMaterialsIndex.html

学生たちは,これらの私のサイトにアクセスし,授業の前に予習用教材として,また,授業でわからなかった点を複数するために,さらには,授業を欠席した場合の補習用に,ビデオ教材を利用している。

これらの用途に対応するため,上記のサイトに掲載されているファイルは,すべてについて,(1) ビデオ教材,(2) パワーポイントファイル,(3)そのPDFファイルの3種類が用意されており,予習のための視聴,わからなかった点の復習,予習用の書き込みノートの作成など,それぞれの用途に応じて,使い分けることができるように工夫されている。

従来は,ビデオ教材の作成は,時間と経費がかかる「苦役」に等しい作業であったが([加賀山・DVD講義1(2013)]),技術革新のおかげで,現在では,例えば,PowerPointにノートを書き込むだけで,滑らかな合成音声によって自動的にビデオ教材を作成するソフト(例えば,ロゴスウェア社のSTORM Maker)が市販されており,私は,それを利用して,1年間(経費10万円)で,上記のビデオ教材すべてを制作することができた。


4.実際の講義方法の一例


私の講義スタイルを100名の受講生で実施している債権総論を例にとって紹介する([加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)]参照)。

4-1. リアクション・ペーパーに答えることによる復習(30分)

明治学院大学では,毎回の授業ごとに,学生が授業中でわからない点を質問したり,感想を書いたりできる以下のような用紙(リアクション・ペーパー)を作成している。

 
 明治学院大学で共通のリアクション・ペーパー

筆者もこれを毎回学生たちに配布し,予習で疑問に思ったこと,授業を聞いてわかりにくかった点,疑問点,感想等を書けるよう,講義の最後に10分間の時間を与えて回収している。回収したリアクション・ペーパーを読み,授業を振り返るのが,私の授業後の仕事であり,第2回目からの授業は,これらのリアクション・ペーパーに対する感想から始まることになる。

私は,授業開始前の休憩時間に教室に入り,前回の授業の最後に回収したリアクション・ペーパーのうち,代表的な質問として数人分を選別し,質問の趣旨と,解答・解説を板書することにしている。そして,講義開始と同時に,取り上げるリアクション・ペーパーを読み上げ,黒板に描いた図等を使って説明する。取り上げる問題が,一般的な問題である場合には,説明の途中で,学生たちに,解答を求めたり,解説で納得が得られたかどうかを質疑応答で確認したりする。

4-2. 通常の双方向の講義(50分)

パワーポイントで用意したアニメーション付きのプレゼンテーションで,教科の体系,重要な用語の説明,判例の事案,判旨,判例批評を展開する。

授業は,通常の授業ではなく,説明の過程で,教壇から学生の席に降りていき,学生たちにマイクを向けて質疑を行ったり,複雑な事例の場合には,寸劇や,ロールプレイイングを行ったりして,学生の興味と理解を引き出すように工夫をしている。

受講生の数(100名前後)が多いため,ゼミのような討論はできないが,授業の最初に行うリアクション・ペーパーを使った復習の際には,学生を教壇に導き,その学生に他の学生に向かって説明をさせることも試みている。はじめのうちは,学生たちは大いに緊張するが,次第に,教壇に立って説明することにも慣れてくるようである。

4-3. リアクション・ペーパーライティングと提出(10分)

予習で疑問に思ったことと,それが授業で解決したかどうか,授業で新たに生じた疑問,質問を書いて提出してもらう。リアクション・ペーパーは,何を書いてもよく,2行以上を書くと,内容のいかんにかかわらず,15回で10点を獲得する仕組みにしており,遠慮のない批判や,質問が出てきて,毎回,リアクション・ペーパーを読みながら,授業を振り返り,次回に向けて,どのように解答すべきかを考えるのが,私の無上の楽しみとなっている。

リアクション・ペーパーを読むと,学生のうちの何割かは,事前にビデオを見て,講義で知識を確認していることがわかる。これが理想なのだが,現在のところは,事前にビデオを見る意欲的な学生はまだ少ない。しかし,講義でわからなかった箇所を繰り返し見て,復習している学生は次第に多くなっており,「ビデオが長すぎるからもう少し短縮してほしい」とか,逆に,「長いからよくわかるので短縮には反対だ」とか,いろいろ要望を寄せてくれている。

さらに,リアクション・ペーパーを学生個人ごとに整理しておくと,学生たちの成長の記録ともなる。たとえば,以下のように,第1回目のリアクション・ペーパーと第15回めの最終回リアクション・ペーパーを対比してみると,学習態度や成長の様子がよくわかる。

 成績優秀者のリアクション・ペーパー
   
 第1回目のリアクション・ペーパー 第15回目のリアクション・ペーパー 

 

5.レポート課題の提出と添削・返却

学期の途中にレポート課題を出し,学生にレポートを提出することを義務づけている(レポートの書き方については,[ハフト・法律学習法(1992)],[澤田・論文のレトリック(1983)]などの考え方を使って説明している)。レポート課題を義務づけているため,レポート課題の説明をすると,学生たちが熱心に聴き始める,提出期限が迫ると,レポート課題に関する質問も多くなる。提出されたレポートは丁寧に添削し,誤りを逐一指摘するとともに,最後に感想と学習上の注意,励ましを添えて,全員に返却する。

 
 レポートの添削例

レポートの添削に際して,私は,以下の基準を採用している。第1に,誤字を含めて,誤りは具体的に指摘する。第2に,誤りが生じた原因を探り,自分で誤りを訂正できるヒントを丁寧に解説する。3に,自分の頭で考えたことが分かる箇所は,「よく書けています」というコメントともに,もっとよくなるヒントを書き加えておく。4に,最後に,レポート全体の評価とコメントを丁寧に書く。ただし,点数をつけることはしない。

レポートに点数をつけると,内容を読まずに,そのまま,ゴミ箱へ捨てる学生がいるからである。レポートを返却する目的は,学生の主観的評価を客観的な自己評価へと変える手がかりを与えることにあるので,点数だけ見て,ゴミ箱に捨てられるのでは,意味がない。コメントをよくよみ,次のレポートの作成に向けて,改善を促すのが目的であるとすれば,レポートに点数をつける必要はないと思われる。

法科大学院とは異なり,学部では,レポートを添削した上で返却する教員がほとんどいないため[加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)]参照),講義が難しすぎると批判している学生を含めて,この時ばかりは,ほとんどの学生に感謝されている。


6.定期試験と厳格な採点


試験問題は,予め公表した10題の予想問題のうちから,内容を少しばかり変更して,数題を出題する。最後の1題は,論述式問題で,アイラック(IRAC)という形式で記述することを義務づけている(アイラック(IRAC)の意味と効用については,[加賀山・法教育の必要性(2012)]参照)。

試験の採点は,通常は,苦役に該当するようだが,私の場合は,Excelを使った自動採点プログラムを自作して利用しており,厳格で公正な採点をしている([加賀山・答案採点システム(2005)])。

答案をコンピュータ上で採点すると,一人の採点が終わるごとに,成績分布がグラフで示され,すべての採点が終了するとともに,成績報告書が完成するように設計しているので,答案の採点も,私の楽しみの一つとなっている。

 
 定期試験の答案の採点システムの実際の使用例

私が自作して利用している採点システムは,以下のサイトで紹介している。

FD用のビデオ教材:http://cyberlawschool.jp/kagayama/LegalInformatics/How2/how2evaluate/How2Evaluate2015/index.html

論文:加賀山 茂「厳格な成績評価を実現するための公正かつ透明な答案採点システムの構築-Microsoft Excelを利用した答案採点システム-」名大法政論集206号(2005)69-96頁
http://cyberlawschool.jp/kagayama/LegalInformatics/How2/how2evaluate/familylawexam.html

現在のところ,定期試験の答案については,返却はしていない。しかし,採点を厳密・公平に行っているので,答案の返却が義務づけられたとしても,何の問題も生じないように,準備を整えている(ワークシートばかりでなく,答案を添削して返却している実践例としては,上野寛子「学生を魅了し,楽しい学留に導く」[清水=橋本・学生と楽しむ大学教育(2013)182頁]参照)。


7.うまくいかないこと


どんなに努力をしても,うまくいなないことは多い。教育に工夫をしているものの,学生の中には,「通説と判例だけ教えてくれれば十分で,高度の問題への取り組みは不要です」などとリアクション・ペーパーに書いてくる学生も存在する。ビデオ教材を完成してからは,そのような不満は激減したが,従来通りの講義で十分であるとの考えを持つ学生が少なからずいることは感じている。

しかし,不満や質問には,誠実に対応しつつも,レベルを落とすことだけは,頑として拒否している(法律学においては,通説や判例を教えることでは不十分である事情については,[太田・法律(2000)],[加賀山・法創造教育((2004)]参照)。現在のところ,私の授業で,1割以上の学生が単位を落としているので,これを1割以内にとどめるには,ビデオ教材の短縮版(15分以内)の作成等,さらなる工夫が必要であると考えている。

研究にも,教育にも,完成はない。常に学生の反応に真摯に対応することを通じて,教育方法を改善していく必要がある。


8.今後の展望


アクティブ・ラーニングと反転授業のためのビデオ教材の作成は,次のステップへの飛躍につながる。それが,インターネットを利用した,100人規模にも対応できる「ライブ講義」である。

ライブ講義では,講義時間帯を決めるだけで,教員も学生も,講義室以外の自由な場所,すなわち,自宅や職場で講義をライブで聴取し,チャットで講義に参加することができるようになる。教員は,チャットを見ながら,講義の進行を自在に制御することができるため,双方向の講義が実現できる。このため,ライブ講義は,社会人を受け入れている学部や学科の講義科目にとって,特に有用であると思われる。

このようなライブ講義では,受講者は,事前に作成され,配布されたビデオで予習し,ライブ講義にチャットで参加する。しかも,そのライブ講義は,録画され,プライバシーに注意して編集され,復習に利用できるようになるので,大学教育は,さらに自由度を増すことになろう。

法と経営学研究科では,次年度からの試験的な開講に向けて,ライブ講義の実験を今年度の後期から開始することを計画中である。今後も,明治学院大学 法と経営学研究科 の教育改革のプロセスと成果に注目していただきたい。


参考文献


[太田・法律(2000)]
 太田勝造『法律(社会科学の理論とモデル)』東大出版会(2000)

[加賀山・法創造教育((2004)]
 加賀山茂「法教育改革としての法創造教育 - 創設される法科大学院における法教育方法論 -」(名大法政論集201号(伊藤高義教授退官記念論文集)(2004)691-744頁)

[加賀山・答案採点システム(2005)]
 加賀山茂「厳格な成績評価」を実現するための「公正かつ透明な」答案採点システムの構築-Microsoft Excelを利用した答案採点システム-(名大法政論集206号(2005)69-96頁

[加賀山・法教育の必要性(2012)]
 加賀山茂「法教育の必要性とその実現方法 -アイラック(IRAC)を考慮したトゥールミン図式の特殊化とその応用-」明治学院大学法科大学院ローレビュー16号(2012/03)3-36頁

[加賀山・ビデオ教材の作成と授業の可視化(2013)]
 加賀山茂「ビデオを利用した授業の可視化とビデオ教材の制作」名古屋大学法政論集250号(松浦好治教授退職記念論文集)(2013/07)1-29頁

[加賀山・DVD講義1(2013)]
 加賀山茂『DVD講義 ビジュアル民法講義シリーズ1 民法入門・担保法革命』信山社(2013/12)

[加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)]
 加賀山茂「法科大学院での教育実践を法学部教育の改革に活かす-100人規模の講義で一人一人の知的レベルをどれだけ向上させることができるか?-」明治学院大学法科大学院ローレビュー 21号(2014/12)1-31頁

[クーン・科学革命の構造(1971)]
 トーマス・クーン,中山 茂 (訳) 『科学革命の構造』みすず書房(1971/01)

[澤田・論文のレトリック(1983)]
 澤田昭夫『論文のレトリック-わかりやすいまとめ方』講談社学術文庫(1983)

[芝池=中西・反転授業が変える未来の教育(2014)]
 芝池宗克=中西洋介『反転授業が変える教育の未来―生徒の主体性を引き出す授業への取り組み』明石書店 (2014/12/18)

[清水=橋本・学生と楽しむ大学教育(2013)]
 清水亮=橋本勝『学生と楽しむ大学教育-大学の学びを本物にするFDを求めて』ナカニシヤ出版(2013/12/10)

[鈴木克明・教材設計マニュアル(2002)]
 鈴木克明『教材設計マニュアル-独学を支援するために』北大路書房(2002/4)

[戸田・教えるな(2011)]
 戸田忠雄『教えるな!-できる子に育てる5つの極意』NHK出版新書(2011/6/8)

[ハフト・法律学習法(1992)]
 フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)