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作成:2015年9月6日
明治学院大学法学部教授 加賀山 茂
加賀山茂『民法改正案の評価−債権関係法案の問題点と解決策−』信山社(2015/11)の出版について
先に出版した加賀山茂 編著『民法(債権関係)改正法案の〔現・新〕条文対照表』<条文番号整理案付>信山社(2015/7)に引き続き,民法(債権関係)改正案について,以下の項目について,第三者として評価を試みるものである。
- T 第三者評価
- 法案の「改正理由」に対する適合性の評価
- 改正理由に挙げられている4つの項目である(1)消滅時効の期間の統一化,(2) 法定利率を変動させる規定の新設,(3) 保証人の保護,(4) 定型約款に関する規定の新設,および,今回の改正の目玉とされる(5) 「原始的不能(または特定物)のドグマ」からの解放(瑕疵担保責任の削除)の5つの項目に関する評価を行っている。
- 法務大臣の「諮問」に対する適合性の評価
- 法務大臣の諮問第88(2009)の第1項目である「民法制定以来の社会・経済の変化に対応」しているかどうかについて,(1)少子・高齢化,(2) 情報化,(3)国際化に対応しているかどうかの観点から評価を行っている。
- 法務大臣の諮問第88号(2009)の第2項目である「国民一般にわかりやすいもの」となっているかどうかについて,(1)個々の条文が問題解決の判断基準として明確であるかどうか,(2)条文間で整合性が取れているかどうか,(3) 複雑なルールの場合には,場合分けの基準が明確であり,かつ,すべての場合が尽くされているかどうかという3つの基準を設定し,その観点から評価を行っている。
- その他の評価と結論
- 改正案のその他の問題として,条文内の矛盾,条文間の不整合性,実体法規範と立証責任規範との相克について,解決策を提言している。
- 今回の民法(債権関係)改正案は,諮問に不適合であることを論証し,改正手続きは,一からやり直すべきであり,その際には,諮問自体の改善と適正手続きが重視されるべきことを主張している。
- U 改正案の修正案
- 今回の改正案のうち,比較的改善が簡単な条文番号の不統一の修正案,障害者権利条約に違反するおそれがある成年後見制度の見直し案を提案している。
- V 研究課題
- 民法の体系的理解を求める人々のために5つの研究課題とそのヒント,解答例を示し,今回の改正案の修正案のあり方,今後の民法改正において注意すべき点を具体的に示している。
- 加賀山茂「民法(債権関係)改正法案の第三者評価」 (2015/09/30)
- 2015年3月31日に国会に提出された民法の一部を改正する法律案,すなわち,民法(債権関係)改正案について,民法(債権関係)改正に一切タッチしていない民法学者として,以下の順序で第三者評価をしたもの(ビデオ教材のほか,プレゼン用のPowerPoint,メモ用のPDFファイルを用意している)。
- 立法手続が適正だったかどうか
- 先行研究のうち,実名を明らかにしている鈴木仁志『民法改正の真実』講談社(2013)に依拠して,改正案の作成過程が適正手続きに基づいたものとなっているかどうか評価している。
- 改正理由に適合しているかどうか
- 改正法案と同時に国会に提出された「改正理由」に示された項目(時効期間の統一,法定利率の変動制,保証人の保護,約款規制の新設等)について,改正案が社会経済の変化に対応した法案となっているかどうかについて評価している。
- 諮問88号(2009)に適合しているかどうか
- 改正案が,民法制定以後の社会・経済の変化に対応するものになっているかどうか,また,国民一般にとってわかりやすいものとなっているうかどうかについて評価している。
- 加賀山茂 編著『民法(債権関係)改正法案の〔現・新〕条文対照表』<条文番号整理案付>信山社(2015/7)の出版について
- 2015年3月31日に国会に提出された「民法の一部を改正する法律案」に関して,法務省がそのホームページで公表している「新旧対照条文」(http://www.moj.go.jp/content/001142671.pdf)は,条文番号が異なっても内容的に相応する新旧条文を正しく対照する箇所(10頁の第105条と第106条の対照,第106条と第107条との対照など)がある一方で,以下のように,単に条文番号が同じという形式的な理由で,内容的には異なる条文の比較対照が行われる箇所が多数にのぼっており,新旧対照表の体をなしていない。
- 新旧条文の正確な対照がなされていない箇所
- 時効(16頁〜21頁),連帯債務者の一人との間の免除等と求償権(53頁),債権譲渡における相殺の抗弁(73頁),弁済の充当(82頁〜83頁),契約の成立(100頁〜102頁),契約の解除(107頁〜108頁),売主の責任(113頁〜117頁),賃貸借の終了(129頁〜130頁),請負人の責任(132頁) 。
-
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商事法務 編
『民法(債権関係)
改正法案
新旧対照条文』
(2015/05/25) |
商事法務編『民法(債権関係)改正法案新旧対照条文』(2015/5/25)も,上記の国会提出の改正案と同じく,条文番号が同じという形式的な理由で,内容的には異なる条文の比較対照が多くの箇所で行われている。
- 新旧条文の正確な対照がなされていない箇所
- 時効(32頁〜39頁),連帯債務者の一人との間の免除等と求償権(53頁),債権譲渡における相殺の抗弁(120頁),弁済の充当(127頁〜128頁),契約の成立(140頁〜142頁),契約の解除(146頁〜147頁),売主の責任(152頁〜155頁),賃貸借の終了(168頁),請負人の責任(171頁) 。
- このため,これらの資料からは,現行民法がどの箇所で,どのように改正されたのかを正確に判断することは困難である。特に,削除した条文を新設条文で上書きした場合には,それが新設条文であるにもかかわらず,以下に示すように,新設であることが表記されていない上に,あたかも,現行法の単なる修正であるかのような対照がなされている。
- 新設条文が(新設)と表示されず,単に,現行条文の修正として記載されている箇所
- 第148条(強制執行等による時効の完成猶予及び更新),第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予),第167条(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効),第445条(連帯債務者の一人との間の免除等と求償権),第469条(債権の譲渡における相殺権),第543条(債権者の責めに帰すべき事由による場合),第560条(権利移転の対抗要件に係る売主の義務),第562条(〔目的物の適合性違反の場合の〕買主の追完請求権),第563条(〔目的物の適合性違反の場合の〕買主の代金減額請求権),第564条(〔目的物の適合性違反の場合の〕損害賠償請求及び解除権の行使),第565条(移転した権利が契約の内容に適合しない場合における売主の担保責任),第566条(目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限),第567条(目的物の滅失等についての危険の移転),第634条(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)。
- このように,これらの新旧条文の対照表は,新設条文なのか,それとも,単なる修正条文なのかの区別が明確になされていない。
- 特に,第543条(債権者の責めに帰すべき事由による場合)は,第541条,第542条が,債務者に帰責事由がなくても債権者に解除権を与える一方で,債権者に帰責事由がある場合には,解除をできなくするという,極めて重大な問題を含む新設条文であるにもかかわらず,条文見出しも中途半端であり,「解除権の剥奪」規定であることを表記もせずに,現行条文の単なる修正条文であるかのような記載がなされている。
- 新設条文であるにもかかわらず,単なる修正条文と扱うという表記の誤りが生じた理由は,削除した条文を削除条文として残さず,新設条文をそこに上書きしたからである。
- もしも,改正に当たって,削除条文に新設条文を上書きするのではなく,削除する条文を「削除条文」として記録し,新設条文を「枝番号」として新設であることを明記するという方法を採用するならば,上記の新設条文が新設として表記されないというミスも,また,削除された条文が削除されたとの表記をしないという以下のミスも防げたのであるから,これらのミスは重大である。
- 現行条文が削除されたにもかかわらず,削除された旨の表示がなされていない箇所
- 第147条(時効の中断事由),第169条(定期給付債権の短期消滅時効),第445条(連帯の免除と弁済をする資力のない者の負担部分の分担),第469条(指図債権の譲渡の対抗要件),第526条(隔地者間の契約の成立時期),第527条(申込みの撤回の延着),第543条(履行不能による解除権),第562条(他人の権利の売買における善意の売主の解除権),第563条,第564条(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任),第565条(数量の一部不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任),第566条(地上権等がある場合等における売主の担保責任),第570条(売主の瑕疵担保責任),第589条(消費貸借の予約と破産手続きの開始),第599条(借主の死亡による使用貸借の終了),第634条(請負人の担保責任)。
- このように見てくると,法務省および商事法務が,何のために新旧条文の比較対照表を作成しているのか疑問である。なぜなら,新旧条文の対照表は,通常は,「どの条文が時代に合わないものとして削除されるべきなのか」,「どの条文が,時代に適合するものとして新設されれるべきなのか」,「どの条文が,条文の形を保ったまま修正されるべきなのか」,「修正されるべき場合には,どの箇所が,どのように修正されるべきなのか」を,現行条文と新条文とを正確に対比しながら示すものであるはずだからである。
- しかし,法務省の作成した上記の「新旧対照条文」,および,それを補充したはずの上記の商事法務の『新旧対照条文』 も,いずれの資料も,「どの条文が削除されるべきか」,「どの条文が新設されるべきか」,「現行条文のどの箇所が,どのように修正されるべきなのか」について,正確な対照を行わず,上記のように,数多くの誤りに陥っている。
- 市民生活の基本法典といわれている民法の改正に際して,仮にも,法務省が,国民一般,および,その代表である国会議員をナメてかかり,杜撰な新旧対照表で済まそうとしたとは思われない。もしも,法務省のスタッフでは,全力を出し切っても,自らのホームページで公表している程度の不正確な新旧対照表しか作成できないというのであれば,民法制定から120年の歴史に区切りをつける意味でも,民法の所管について,法務省から,正確な新旧対照表を作成できる他の省庁(例えば総務省とか,国立大学法人を所管する文部科学省とか)へと移管することも考えるべきではないだろうか。
- いずれにせよ,このような現状に鑑みると,形式的な新旧条文の対照表ではなく,正確な新旧条文の対照表を作成することが緊急の課題となっていると思われる。
- そこで,標記の書籍(加賀山茂 編著『民法(債権関係)改正法案の〔現・新〕条文対照表』<条文番号整理案付>信山社(2015年7月))を出版することによってその課題に応えることにした。
- 出版予定の標記の書籍の中心となる民法の「現行条文と改正法案との比較対照表」においては,従来の貴重な文献・判例との連続性を保持するために,(1)
条文番号をなるべく変更しないようにするための「条文番号整理案」を付し,その方針の下で,(2) 現行条文と改正法案とを正確に対照し,また,現行条文が変更されたのかどうかをわかりやすくするために,(3) 変更を受けていない現行条文の見出しを明記し,しかも,立法の行き過ぎと思われる最小限の箇所について,(4) 修正すべき代案とその理由を付している。
- この書籍は,現在発売中であり,この書籍は,以下の特色を有している。
- 表から始まる横組みのページは,現行条文から改正法案を検索できるように工夫した第T部と第Uとで構成されている。
- 第T部は,条文番号と見出しの現・新比較対照表が全体の詳細目次の役割を果たしており,現行民法のどこが削除されたり改正されたりしたのか,また,どの条文が新設されるのかが一目瞭然となるように工夫されている。
- 第U部では,条文番号をなるべく変更しないという方針に基づく「条文番号整理案」に従って作成された,現行条文(現)と改正法案(新)との正確な比較対照表が掲載されている。 この第U部が本書の最大の特色となっている。
- 裏から始まる縦組みのページは,第V部として,改正案から現行民法の条文を検索できるように,法務省が作成した改正法案(新)と現行法(現)の比較対照条文をそのまま活かしつつも,最下段に,もう一段を追加し,その段において,比較対照条文の誤りの修正,改正法案の問題点の指摘,内容を修正すべき代案とその理由の記述等を行っている。
- この書籍の出版が契機となって,今回の民法改正について,以下のような議論が,国会においても,学会においても,さらに,市民の間においても,活発に展開され,理性的で平和的な「新・法典論争」が沸き起こることを期待している。
- (1) 民法改正は,そもそも,必要なのだろうか。
- 現行条文と改正法案とを比較してみて,改正法案の方が,国民一般にとってわかりやすくなったと言える人は,皆無であろう。
- この点で,今回の民法(債権関係)改正は,「国民一般にわかりやすいものとする」ために民法の見直しを行うべきであるとの法制審議会の諮問(2009年)に答えていない。
- (2) 改正すべき箇所が外れているのではないか。
- 改正すべきは,法制審議会の諮問(2009年)にあったように,民法の「制定以来の社会・経済の変化への対応」を図ることであり,それは,急激に進展している,少子・高齢化,情報化,国際化への対応を図ることであろう。
- 第1に,少子・高齢化に対応するためには,三分化されて使いにくい成年後見制度(民法7条〜19条など)を障害者の権利を尊重して,「補助」に一元化する等の抜本的な改正が必要である。なぜなら,民法の規定は,わが国が批准した障害者権利条約(2008年発効)の第12条第4項に違反するおそれがあり,民法改正の最も緊急の課題だからである。それにもかかわらず,今回の改正においては,この問題には,全く手がつけられていない。わずかに一か条だけ新設された民法3条の2(意思能力)は,少子・高齢化への一対応と考えられなくもないが,その効果を「取消し」ではなく,「無効」としており,現行の成年後見制度,および,錯誤に関する改正との整合性を欠いている。つまり,今回の改正は,少子・高齢化への対応として,的外れである。
- 第2に,情報化に対応するためには,民法85条(物を有体物に限定するという,旧民法よりも遅れた知的財産法制)の根本的な改正が必要である。それを踏まえて,金銭債権に関して,電子マネー等の新しいマネーへの対応が不可欠である。もっとも,銀行振込み・振替えに関する規定が,わずかに一か条だけ新設されている(民法477条)。しかし,このような預金通貨の規定を金銭債権の箇所ではなく,弁済の箇所に新設しているのも,的外れである。
- 第3に,国際化に対応するためには,古い判例法理を現代の国際的な契約法原理に基づいて変更することが必要である。特にインターネットによるパケット通信に対応すためには,対話者間の申込みと承諾(民法525条1項,2項で新設)とは異なり,通信の遅れに対応する規定が不可欠である。その点において,現行民法は,国際化に対応した二つの規定,すなわち,民法522条(承諾の通知の延着:Art.
21(2) CISG(国際物品売買契約に関する国際連合条約第21条第2項)に対応) ,民法527条(申込みの撤回の延着:Art. 16(1)
CISG(同条約第16条第1項)に対応)を有している。ところが,今回の改正で,この2つの規定は,両者ともに削除されることになった。今回の改正は,パケット通信と対話者間の通信とを混同して,国際化に逆行するものであり,この点でも,的外れである。
- このように,今回の民法(債権関係)改正案は,民法制定後の社会・経済の変化,すなわち,第1の少子・高齢化,第2の情報化という重要な点について,ほとんど対応できていない。また,第3の国際化の点についても,国際的な契約法の動向とは異なり,時代遅れの弁済の提供の効果(民法492条)の規定の放置,および,国際的基準から外れた受領遅滞の規定の強化(民法413条,413条の2),受領遅滞に該当する場合に生じる債権者からの解除権の剥奪(民法543条)など,むしろ,国際化に逆行している。
- (3) 改正が必要だとして,条文番号をむやみに変更する必要があるのだろうか。
- 条文番号を変更すると,以下に述べるように,法律専門家にとって重要な作業である「条文による判例検索」に支障を生じさせる。
- 例えば,民法570条(売主の瑕疵担保責任)に関する判例を検索しようとしても,改正後は,目的の判例が見つからなくなる。
- なぜなら,改正後の民法570条は,全く別の内容の条文(抵当権等がある場合の買主による費用の償還請求:現行の民法567条に対応)へと変化してしまうからである。
- 民法改正後は,民法570条(売主の担保責任)に関する判例を検索しようとすれば,民法570条ではなく,実質的な新設規定である民法564条(買主の損害賠償請求及び解除権の行使),民法566条(目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限),民法567条(目的物の滅失等についての危険の移転)をも併せて検索する必要がある。
- さらに,改正後は,民法562条(買主の追完請求権),563条(買主の代金減額請求権)という実質的な新設規定についても,「売主の瑕疵担保責任」の判例が進展するので,それらの条文についても検索する必要がある。
- このような条文番号の変更による判例検索への対応については,本来なら,「新旧条文の対照表」が威力を発揮するはずであるが,この点についても,法務省,または,商事法務編の「新旧対照条文」は,全く役に立たない。
- この箇所(民法560条〜570条)に関する法務省および商事法務編の「新旧対照条文」は,内容の対照が全くできていない上に,どの条文が削除され,どの条文が新設されたのか,全く不明とという大混乱に陥っているからである。
- 削除条文は条文番号をそのまま残し,新設条文は枝番号とすることに統一すれば,現行条文の条文番号はそのままにして,内容だけを変更することが可能である。
- このような方法をとらないと,100年以上にわたって蓄積されてきた貴重な文献や判例との連続性が破壊される。例えば,専門家にとって最も重要な作業である,条文による判例検索に重大な支障が生じる。
- もしも,今回の改正がそのまま行われると,適用頻度の高い民法570条(売主の瑕疵担保責任)を含めて,少なくとも,59の条文について,条文での判例検索できなくなる(誤った内容の判例が検索されてしまう)。このため,判例検索システムの大幅な変更等に莫大な時間と費用を要することになり,国民経済的な損失が生じる。
- 上記のように,条文番号を変更しないで,これまでの文献との連続性を保持し,条文による判例検索を容易にする方法があるにもかかわらず,あえて,条文番号を変更し,国民経済的損失をもたらす必要があるのだろうか。
上記の出版物を公刊した動機は,民法(債権関係)改正のための民法の一部を改正する法律案(2015年3月31日,国会提出)に対する根本的な疑問である。
- 民法の一部を改正する法律案と現行民法との比較対照表(法務省のホームページより)
- 今回の民法の改正理由(2015/03/31)と,出発点となった法制審議会の諮問(2009/10/28)とを比較してみよう。
- 諮問第88号(法制審議会第160回会議(2009年10月28日))
- 民事基本法典である民法のうち債権関係の規定について、同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かりやすいものとする等の観点から、国民の日常生活や経済活動にかかわりの深い契約に関する規定を中心に見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。
- 改正案の理由(国会提出(2015年3月31日))
- 社会経済情勢の変化に鑑み、消滅時効の期間の統一化等の時効に関する規定の整備、法定利率を変動させる規定の新設、保証人の保護を図るための保証債務に関する規定の整備、定型約款に関する規定の新設等を行う必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
- 改正理由と諮問とを比較してみると,以下のことがわかる。
- 第1に,「〔民法〕制定以来の社会・経済の変化」,すなわち,(1)少子高齢化(意思能力の規定の新設だけでなく,わが国が批准した障害者人権条約に違反するおそれがある成年後見制度の抜本的見直しが必要),(2)情報化(銀行振込みだけでなく,電子マネーへの対応が不可欠),(3)国際化(判例の準則と国際条約との矛盾の解消が必要)に十分に対応しているとはいえない。
- 第2に,「国民一般に分かりやすいものとする」という目的が果たされていない。そもそも改正理由の項目から消えている。
- つまり,民法改正法案は,諮問に答えているとはいえない。 一からやり直すべきであろう。
- 第1に,「民法制定以来の社会・経済の変化とは何か」を具体的に列挙した上で,それぞれに対応する法律案を作成すべきである。
- 第2に,もしも,「国民一般ににわかりやすいものとする」ことができないのであれば,法制審議会は,諮問をやり直し,「…同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り」,「法曹にとって明確な判断基準を示すものとする観点から…見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」と変更すべきである。
- このことを通じて,デュープロセスに基づいて,改正手続をやり直すべきではないだろうか。
- 民法の一部を改正する法律案の個々の条文の具体的な評価については,このホームページの2015年度「債権総論1」の【ビデオ教材】シリーズの箇所で,改正および新設条文を紹介するたびに,詳しく論じているので,参照いただけると幸いである。その要点を述べると以下の通りである。
- 先に述べたように,今回の民法(債権関係)改正においては,民法制定以来の社会・経済の変化に対応していない。
- それにもかかわらず,今回の「改正案の理由」には,社会経済情勢の変化に対応するものとして,以下の4つの点を挙げて,民法制定後の社会・経済の変化に対応しているかのような記述がなされている。しかし,これらは,以下に述べるように,欠陥だらけであり,民法制定後の社会・経済の変化に対応するものとはなっていない。
- (1) 消滅時効の期間の統一化等の時効に関する規定の整備による領収書保管期間の長期化
- 消滅時効の期間を5年または10年に統一することは,一見したところでは,債権者にとって時効管理が単純化されるばかりでなく,国民一般にとっても分かりやすくなるようにみえる。しかし,今回,不幸にも削除されることになった短期消滅時効の制度(民法170条〜174条)は,国民の家計管理(特に,領収書の保管)にとって,なくてはならない重要な役割を果たしてきた。
- 私の個人的な経験に即して述べると,私は,ある書籍を著名な出版社から直接購入したことがある。その約2年後に,その出版社から「代金をまだお支払いいただいておりません」との電話があり,売買代金を二重に請求されたことがある。幸いにも,筆者が領収書を2年間保管していたため,このときは,二重払いの危険を回避できた。
- この例のように,民法172条(2年間の短期消滅時効)のおかげで,私たちは,これまで,売買代金の領収書を2年間保存した後は,これらの領収書を安心して廃棄することができた。
- ところが,今回の民法(債権関係)改正によって短期消滅時効の規定(民法170条〜174条)がすべて削除されるため,すべての家庭で,売買代金の領収書を5年間,場合によっては,10年間にわたって保管しなればならなくなるという不都合が生じる。
- このような改正が,国民にとって有益といえるかどうか,はなはだ疑問であり,少なくとも,私には,社会経済情勢の変化に対応した改正とは思えない。
- (2) 法定利率を変動させる規定の新設によるわかりにくさの増大
- 現在の民事法定利率は,年5パーセントである。これが,今回の改正(改正案404条)によって,まず,3パーセントに引き下げられる。「ゼロ金利」の時代に法定利率が引き下げられるのは,当然である。
- しかし,この利率は,民法改正によって変動性となり,3年ごとに法務省令によって変動することになる。もちろん,その変動の算定方法は,改正案404条に明記されているが,現実に何パーセントになるかは,3年ごとに民法を改正しない限り,法務省令を見る必要があり,国民一般にとって,極めて分かりにくくなる。
- (3) 保証人の保護を図るための保証債務に関する規定の整備による連帯保証人の保護の後退・悪化
- 今回の民法(債権関係)改正の目玉が,保証人の保護である。保証人に対する債権者の情報提供義務の新設(改正案458条の2,485の3),根保証契約の適用範囲の拡大,事業に係る債務についての保証契約の特則の新設など,一見,保証人の保護に資する改正のようにみえる。
- しかし,現在の保証契約は,そのほとんどが,連帯保証契約であり,連帯保証契約について,保証人が保護されることになるかどうかが,保証人保護の判断基準となるというべきである。
- 連帯保証人の保護の観点から見ると,今回の民法(債権関係)改正は,連帯保証人の保護を後退させており,改悪といわざるをえない。
- 現行民法によれば,連帯保証人は,連帯債務者の保護の規定(民法434条〜440条)の規定の準用により,例えば,連帯保証人の一人に生じた免除によって他の連帯保証人は保護され(民法437条の準用),連帯保証人の一人に生じた消滅時効の完成によって他の連帯保証人も保護されてきた(民法439条の準用)。
- ところが,今回の民法(債権関係)改正によって,肝心の民法437条(免除の絶対効)も,民法439条(消滅時効の絶対効)も,ともに削除されることになったため,連帯保証人の保護は,大きく後退している。
- このような保証人保護を後退させるという立法上の失態が生じた原因は,一方で,保証人を保護する改正を推進しつつ,他方で,連帯債務については,絶対的効力の大幅な制限等,債権者の保護を著しく強化したためである。
- 今回の改正案の起草者たちは,連帯債務と連帯保証とは,「負担部分ゼロの連帯債務=連帯保証」を通じて,相互に連続している点を見逃している。連帯債務について,債権者の保護を強化し,連帯債務の絶対的効力を制限すればするほど,保証人のほとんどを占める連帯保証人の保護とは逆行する結果に陥ることに気づいていないか,これをあえて無視したため,「保証人の保護」という立法理由とは裏腹に,保証人のほとんどを占める連帯保証人の保護を後退させるという,不当な結果に陥っているのである。
- これが,今回の「改正の目玉」とされている保証人の保護に逆行するものであることは,明らかである。
- (4) 定型約款に関する規定の新設による不当約款の基準の不公正・不明確
- 今回の民法(債権法)改正のもうひとつの目玉は,定型約款の規定の新設であり,約款の有効性と無効の基準を明らかにすることを狙っている。
- ところが,現実には,約款の有効性に重きを置きすぎて,不当な約款を無効とするための公正かつ明確な基準の設定がおろそかになっている。
- 最大の問題点は,消費者契約法第10条と比較してみるとよく分かることであるが,無効とすべき不当約款の判断基準から,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」,すなわち,「任意規定」という公正かつ明確な概念が脱落し,その代わりに,「取引上の社会通念」という,約款の無効とは逆に,約款の有効性を担保するのに好都合な概念を基準としていることにある。
- 約款は,いったん作成され,合意されたものとみなされると,それが,「取引上の社会通念」とされることになるのであるから,それを約款の無効の判断基準としたのでは,公正な判断基準とはなりえないのであり,定型約款の規定を新設した意義を大きく損ねている。
新・法典論争を引き起こすスローガンとしては,以下のものがあるように思われる。
- 穂積八束流のコピー
- 民法改メテ 民法体系 亡フ
- 民法95条1項1号の錯誤(意思の不存在)の効果を取消しとしながら,表意者に帰責性がある心裡留保(93条),通謀虚偽表(94条)の効果を無効のまま放置している。
- ←同様にして,事理弁識能力を欠く場合には取消しとしているにもかかわらず(9条),意思能力を有していない場合の法律行為は無効としている(3条の2)。このように今回の改正案は,意思表示理論の中核部分が矛盾だらけとなっており,改正案が成立・実施されると,民法の体系は完全に破壊される。
- ←民法の教師は,良心的であろうとすれば,民法の講義をすることができなくなると思われる(民法改メテ 民法教師 滅フ)。
- 民法改メテ 連帯債務者 亡フ
- 連帯債務者を保護する民法437条,439条の削除←改正理由としての保証人保護の趣旨と矛盾している。
- 民法改メテ 電子商取引 亡フ
- パケット通信の遅延問題を解決できる民法522条,527条の削除←Art.21(2) CISGにも,Art. 16(1) CISGにも反している。
- 民法改メテ 解除 亡フ
- 受領遅滞の債権者から解除権を剥奪するという民法543条の改悪)←Art.80 CISGの解釈から外れている。
- 民法改メテ 判例検索 亡フ
- 条文番号の変更によって,少なくとも59の条文で,判例検索に誤りが生じる←無意味な条文番号の変更が多い。
- 板垣退助流のコピー
- 民法学死ストモ 社会通念ハ死セス
- 九つの重要な場面((1) 錯誤の判断,(2) 善管注意義務違反の判断,(3) 履行不能の定義,(4) 帰責事由の判断,(5) 弁済受領権限の有無,(6) 特定物の現状引渡の判断,(7) 担保の喪失の場合の債権者の免責の判断,(8) 催告解除の可否の判断,(9) 定型約款の有効・無効の判断)で,濫用の危険が予想される「社会通念」が判断基準として明文で規定されることになる。)
- ←社会通念という融通無碍の概念を民法の主要条文に取り込んだことは,「民法学」の「死」を暗示する。
加賀山茂「民法(債権関係)改正が市民生活及びビジネスに与える影響と問題点」
- 玄奘大学学術シンポジウム「日台経済法制およびビジネス実務の最新情勢」における報告レジュメ(PDF)
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