[Top]へ [Legal Education Index]へ


法学部の学生の力を最大限に伸ばす反転授業

Flipped classroom which will maximizes the ability of students of the faculty of law

作成:2016年9月1日
明治学院大学法学部教授 加賀山 茂



1.法学教育の到達目標


1-1. 法の必要性と機能

人間は社会的動物である。なぜなら,人間は,生まれたまま放置されれば,すぐに死ぬのであり,人間は,家族等の社会集団を形成することによってのみ,生き残ることができるからである。そして,社会集団が平和に暮らしていくためには,暴力や理不尽な行為を制御するルールが必要である(社会集団のルールを国家単位でまとめたものが,法律である)。

 
 図 1 法の女神像

社会に必要な法の秩序維持機能とその方法とは何かについて,法の女神(テミス)の像を見ながら考えることにする。

第1に,法の女神が目隠しをしているのは,外見に惑わされないこと,および,書面ではなく人の生の声を聴くためである。第2に,法の女神が天秤を掲げているのは,当事者の言い分をよく聞いて,法的観点からそれらの言い分を天秤にかけると,どちらの言い分が法的に重みをもつか,すなわち,法に適合しているかを示すためである。第3に,法の女神が剣を持っているのは,法には,弱者を保護するために暴力を制御する強制力があることを示すためである。

1-2. 法の女神が持つ能力こそが法学部生の「売り」と「誇り」となる

法に携わる人に必要とされる能力が何かについて,法の女神の持ち物を見ながら,女神が持つ能力を数えてみよう。

第1に,法の女神がしている「目隠し」は,法律家が偏見を持たず,フェアな判断をする能力を有していなければならないことを暗示している。人は偏見を持つ人には真実を語らない。真実を知るためには,フェアな態度で人に接することが必要である。

第2に,法の女神が持つ「天秤」は,法律家が当事者の言い分をよく聞いて,法の原理とルールに照らして,どちらの言い分が合理的かを判断する能力を有していることを示している。法律家は,当事者のそれぞれの言い分を聞くたびに,どちらの言い分が法に照らして合理的であるかを天秤の傾きによって示すことができなければならない。これこそが,法律家にとって最も重要な能力,すなわち,次に述べる,「事案の分析能力」と「議論の能力」である。

第3に,法の女神が持つ「剣」は,裁判所の判断には,強制力があることを示している。この力によって,法律家は,暴力と理不尽な行為から弱者を保護することができるのである。

1-3. 法学部生の学習到達目標

 法学部生の学習到達目標は,一言でいえば,法の女神が実現しようとしている「紛争の平和的かつ合理的な解決」の能力を修得することであり,具体的に言えば,以下の二つの能力を修得することである。

第1は,具体的な事実に適用されるべきルールを発見する能力(事案の分析能力)であり,それは,一方の当事者に有利な結論を導き出すルールを発見することができる能力だけでなく,反対に,他方の当事者にとって有利な結論を導き出す,いわば,矛盾したルールを発見できる能力を意味する。

単純な例を挙げれば,仕事を急いでやるべきかどうかという場合に,「善は急げ・今日の仕事を明日に延ばすな」というルールと同時に,「急がば回れ・急いては事を仕損じる」という一見矛盾するルールを発見する能力のことを意味する。

第2は,それぞれの当事者に有利になるルールを事実に適用して導き出した,一見矛盾する結論との間で,議論を行い,いずれか一方を選択したり,法原理に基づいて修正したりして,両方の当事者も,法律専門家も,世論も納得する結論を導き出す能力(議論の能力)を意味する。

以上の二つの能力,すなわち,「事案の分析能力」と「議論の能力」は,先に紹介した法の女神が紛争を解決する場合に有する能力,すなわち,目隠しをして,当事者の言い分を謙虚に聴き,法の天秤にかけて,当事者の言い分のうち,どちらに分があるかを判断するという能力につながるものであり,この2つの能力を修得することが,すべての法学部生の学習到達目標となるのである。

1-4. 学習目標を達成するための二つの方法

 

 
 図 2 ルールと事実の密接な相互関係

法学部生が学習到達目標を達成するためには,二つの方法を実践しなければならない。

第1は,トップダウン式の推論方法(原理・条文からスタートして,適用される典型的な事例を知る方法)である。この方法は,事案に適用されるべきルールを全体として理解するために,法の構造を理解すること(憲法を頂点として,様々な法律を体系的に理解すること)を含めて,憲法及び法律の条文の意味を適用される事実との関係で理解すること(法を具体的に事実に当てはめる方法を知ることができる判例を読みこなすこと)である。その際に,わが国の現行法を絶対視しないためにも,法の歴史や外国の法律との比較を行い,わが国の法律を批判的に見る目を養うことも重要である。

第2は,ボトムアップ式の推論(具体的な事実からスタートして,条文を発見する方法)である。この方法は,具体的な事例を見て,これまで学習した原理・条文を適用してみて,妥当な結論を導くことができるか,適用してみた場合に,どこか,おかしいところがないかを検討するものである。もしも,学習した原理・条文では,妥当な結論を導くことができない場合には,これまでに学習していない原理・条文を自ら探索し,その原理・条文を具体的な事実に適用してみて,妥当な結論を導くことができるか,適用してみた場合に,どこか,おかしなことがないかを検討する努力を惜しんではならない。


2.従来の法学教育の問題点と改革の道筋


2-1. 従来の法学教育に欠けていたもの

従来の法学教育は,大教室での100名を超える大人数教育であった。法学部において大人数教育が盛隆を誇ってきたのは,大人数でも,法原理や法ルールの内容の説明は可能であり,ルールを教えれば,それを使いこなして,トップダウン式に,紛争の平和的でかつ合理的な解決ができるようになるはずだと考えられてきたからである。

しかし,現実はそれほど甘くはない。法原理・法ルールを理解したとしても,具体的な事実に直面した場合に,どの法理,どの法ルールを使うべきかの判断能力が育成されていないと,その事実に適切なルールを適用して紛争を解決することはできないからである。ところが,それを実現できるボトムアップ式の教育は,一律の教育では不可能であり,したがって,大人数教育では行うことができない。このため,法学部では,ゼミを除いて,ボトムアップ式の教育は,長きにわたって放置されてきた。

しかも,法学部のゼミで行われてきた唯一のボトムアップ式の教育も,分野が限定された能力しか養うことができていない。したがって,法学部生が社会に出た場合に,現場では,ほとんど通用しない能力に過ぎない。なぜなら,大学の教員の専門は,細かく分化しているため,ゼミにおいて,専門分野に限定されたボトムアップ式の教育であれば実現が可能である。しかし,社会で生起する生の事実は,専門分野を超える問題であるため,そのような専門横断的な事例について,ボトムアップ式の教育をできる教員はほとんど存在しないからである。

しかも,法律の一分野の専門家である法学部の教員は,専門以外のことを教えることに臆病であるばかりか,むしろ,はっきりと拒絶反応を示すことが多い。このため,社会に出てから役立つ専門分野横断的な事例問題を取り上げて,ボトムアップ式に教育する意欲を持つ法学部の教員は,ほとんど皆無といってよい。これが,これまで,法学教育において,最も重要なボトムアップ式の教育が阻害され続けてきた最大の原因である。

2-2. 法学教育の改革のヒントと改革の方向性

トップダウン式の教育に固執し,ボトムアップ式の教育を怠ってきた法学教育を改革するためのヒントとなるのは,NHKの病名推理番組:ドクターGで紹介されている,医学部での新しい教育実践であろう。

この番組では,患者の病状から,病名を解明し,診療方法を確定するまでのボトムアップ式の推論のプロセスを見せてくれる。

 
 図3 NHK病名推理番組ドクターG

この番組で,ビデオで紹介される具体的な病状から正確な病名を推論し,解答を試みる3人の研修医たちは,主として病名から症状を推論するトップダウン式の教育を受けており,現実の症状からあらゆる病名の可能性を想定し,不適合な病名を捨てていくというボトムアップ式の教育を受けていない。このため,3人の研修医の最初の見立ては,外れることが多い。そして,総合診療医のアドバイスを受けながら,可能性のある病名を全てチェックし,除外すべきものを除外して,正解にたどり着く過程が詳細に放映されている。

この番組から,法学部の教員も,法学教育の改善のためのヒントを得ることができる。この番組を参考にするならば,目指すべき法学教育における授業の方向性は,以下のようになろう。

第1に,教員が,講義に先立って,具体的な事例を用意する。第2に,学生の一つのグループが,その事例に適用されるべき,法原理と法ルールを探索し,意見を述べる。他のグループの学生は,結論が異なる法原理・法ルールを探索する。第3に,両グループで,解決策を巡って,議論を行う。第4に,両グループの全員が納得できる問題の解決策と,ルールに問題があれば,ルールの改善を提言する。

2-3. 教室での議論の前提となる事前学習のためのビデオ教材の作成の必要性

しかし,このようなボトムアップ式の授業を実現するためには,その前提となる法律学の専門知識を事前にまたは,同時並行的に修得する必要がある。つまり,上記のような教室での議論を実りあるものにするためには,事前の学習を通じて,学生が一定水準の知識を修得していることが必要である。そこで,教師が作成し,授業の前に提供すべきワークシート,または,ビデオ教材が,ボトムアップ式の教育のデメリットを克服するために必要となる。

特に,重要なのはビデオ教材であり,ビデオ教材は,パソコンではもちろんのこと,現代の学生のライフスタイルに合わせて,スマートフォンでも見ることができるように作成し,ワンクリックで学習ができるように工夫されていなければならない。

学生たちは,授業に先立って,ビデオ教材を見ながら自分のノートを作成し,疑問点や理解したことをまとめてから,教室での議論に参加し,新しい問題の解法に挑戦する。これは,反転授業(講義は,ビデオ教材を利用して自宅で事前に聴いておき,教室では,教員のアドバイスを受けながら,学生同士で応用問題を解くという授業)そのものであり,それだからこそ,ボトムアップ式の教育は,従来の講義形式の教育と比較して,学生の知識の応用力の獲得だけでなく,知識獲得においても,著しい効果を発揮することができるのである。

2-4. 事前の予習教材(ビデオ教材)の準備を容易にする方法

私は,担当する教科すべて(債権総論1,債権総論2,1年次演習,2年次演習,ビジネス総論,中小企業研究,契約法)について,毎回の授業に対応するビデオ教材の事前の作成を完了し,そのほかにも,高校生に対する法教育用のビデオ教材(例えば,「法解釈は面白く,おそろしい」),FD会議用のビデオ教材(例えば,「厳格かつ公正な成績評価の方法」)など,多数のビデオ教材を作成して,以下のWebサイトにおいて,学生ばかりでなく,社会一般に公開している。

 
 図 4 加賀山 茂のホームページ
加賀山茂が作成したビデオ教材の一覧

学生たちは,これらの私のサイトにアクセスし,授業の前に予習用教材として,また,授業でわからなかった点を複数するために,さらには,授業を欠席した場合の補習用に,ビデオ教材を利用している。

これらの用途に対応するため,上記のサイトに掲載されているファイルは,すべてについて,(1) ビデオ教材,(2) パワーポイントファイル,(3)そのPDFファイルの3種類が用意されており,予習のための視聴,わからなかった点の復習,予習用の書き込みノートの作成など,それぞれの用途に応じて,使い分けることができるように工夫されている。

従来は,ビデオ教材の作成は,時間と経費がかかる「苦役」に等しい作業であったが([加賀山・DVD講義1(2013)]),技術革新のおかげで,現在では,例えば,PowerPointにノートを書き込むだけで,滑らかな合成音声によって自動的にビデオ教材を作成するソフト(例えば,ロゴスウェア社のSTORM Maker)が市販されており,私は,それを利用して,1年間(経費10万円)で,上記のビデオ教材すべてを制作することができた。


3.実際の講義方法(反転教育)の一例


私の講義スタイルを約100名の受講生で実施している債権総論を例にとって紹介する([加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)]参照)。なお,学生によるプレゼンテーションの導入と議論の部分は,今年度の後期課程で実施する予定のものである。

3-1. リアクション・ペーパーに答えることによる復習(20分)

 
 図 5 リアクション・ペーパー(白紙)

明治学院大学では,毎回の授業ごとに,学生が授業中でわからない点を質問したり,感想を書いたりすることできる以下のような用紙(リアクション・ペーパー)を作成している。

筆者もこれを毎回学生たちに配布し,予習で疑問に思ったこと,授業を聞いてわかりにくかった点,疑問点,感想等を書けるよう,講義の最後に10分間の時間を与えて回収している。回収したリアクション・ペーパーを読み,授業を振り返るのが,私の授業後の仕事であり,第2回目からの授業は,これらのリアクション・ペーパーに対するコメント・解答から始まることになる。

私は,授業開始前の休憩時間に教室に入り,前回の授業の最後に回収したリアクション・ペーパーのうち,代表的な質問として数人分を選別し,質問の趣旨と,解答・解説を板書することにしている。そして,講義開始と同時に,取り上げるリアクション・ペーパーを読み上げ,黒板に描いた図等を使って説明する。取り上げる問題が,一般的な問題である場合には,説明の途中で,学生たちに,解答を求めたり,解説で納得が得られたかどうかを質疑応答で確認したりする。

3-2. 通常の双方向の講義(従来は60分→後期からは30分へ)

パワーポイントで用意したアニメーション付きのプレゼンテーションで,教科の体系,重要な用語の説明,判例の事案,判旨,判例批評を展開する。

授業は,通常の授業ではなく,説明の過程で,教壇から学生の席に降りていき,学生たちにマイクを向けて質疑を行ったり,複雑な事例の場合には,寸劇や,ロールプレイイングを行ったりして,学生の興味と理解を引き出すように工夫をしている。

受講生の数(100名前後)が多いため,ゼミのような討論はできないが,授業の最初に行うリアクション・ペーパーを使った復習の際には,学生を教壇に導き,その学生に他の学生に向かって説明をさせることも試みている。はじめのうちは,学生たちは大いに緊張するが,次第に,教壇に立って説明することにも慣れてくるようである。

なお,従来は,講義形式の授業に60分を当てていたが,今年度の後期課程からは,私の教壇でのプレゼンテーションを半分(30分)に短縮して,後回しにし,以下のように,最初の30分を学生グループによるプレゼンテーションへと変更し,正規のプロセスとして実践する予定である。

3-3. 事例に関する学生のプレゼンテーション(後期から新設30分)

先に述べたリポート課題や定期試験を念頭において,その関連問題を学生に事前に示し,2つのグループに原告有利,または,被告有利というように,反対の結論を出すことを前提に問題を解かせて,それぞれ10分ずつプレゼンテーションをさせてから,両者及び学生同士で議論を行う。

学生たちにこのようなプレゼンテーションを課すためには,当然のことながら,教員が予め,その範囲に関するビデオ教材を提供しておき,学生たちが予めその教材を視聴する必要がある。ところが,これまでの経験上,私が,学生たちに事前にビデオ教材を提供しても,それを予習教材として活用する学生は少数にとどまってきた。

しかし,学生のグループにこのようなプレゼンテーションを課すならば,予習用のビデオ教材の視聴は必須のアイテムへと変化し,講義前にビデオ教材で予習する学生が飛躍的に増加することを期待することができる。また,学生のプレゼンテーションを踏まえて,残りの30分を私の講義とすることによって,学生の理解度に応じた講義を実現することも容易になると思われる。

このようなプレゼンテーションを行うことの効用は,「教えることは学ぶことである」というように,学生が真剣に学習するインセンティブとなるだけではない。先に,ボトムアップ式の教育がわが国において発展しない原因が専門の細分化によって教員が専門横断的な事例について教えることを嫌がることを指摘した(2-1. 従来の法学教育に欠けていたもの 参照)。しかし,このように,専門横断的な事例について,学生を教えるのではなく,学生に自学自習させて,その結果である学生のプレゼンテーションを行う機会を与えることは,この見返りとして,教員も,専門横断的な問題について,「学生とともに学ぶ」,そして,「学生とともに伸びる」という絶好の機会を得ることができる。

これが,教員が教える時間の半分を学生に与え,専門横断的な事例について,学生にプレゼンテーションをさせるというボトムアップ式の教育を行うことの最大の効用である。

3-4. リアクション・ペーパーのライティングと提出(10分)

予習で疑問に思ったことと,それが授業で解決したかどうか,授業で新たに生じた疑問,質問等を書いて提出してもらう。リアクション・ペーパーは,何を書いてもよく,2行以上を書くと,内容のいかんにかかわらず,15回で10点を獲得する仕組みにしており,遠慮のない批判や,質問が出てきて,毎回,リアクション・ペーパーを読みながら,授業を振り返り,次回に向けて,どのように解答すべきかを考えるのが,私の無上の楽しみとなっている。

リアクション・ペーパーを読むと,学生のうちの何割かは,事前にビデオを見て,講義で知識を確認していることがわかる。これが理想なのだが,現在のところは,事前にビデオを見る意欲的な学生はまだ少ない。しかし,講義でわからなかった箇所を繰り返し見て,復習している学生は次第に多くなっており,「ビデオが長すぎるからもう少し短縮してほしい」とか,逆に,「長いからよくわかるので短縮には反対だ」とか,いろいろ要望を寄せてくれている。

さらに,リアクション・ペーパーを学生個人ごとに整理しておくと,学生たちの成長の記録ともなる。たとえば,以下のように,第1回目のリアクション・ペーパーと第15回目の最終回のリアクション・ペーパーまでを対比してみると,学習態度や成長の様子がよくわかる。

   
 第1回目のリアクション・ペーパー  第15回目のリアクション・ペーパー
 図 6 成績優秀者のリアクション・ペーパー

3-5. レポート課題の提出と添削・返却

 
 図 7 レポートの添削例

学期の途中にレポート課題を出し,学生にレポートを提出することを義務づけている(レポートの書き方については,[ハフト・法律学習法(1992)],[澤田・論文のレトリック(1983)]などの考え方を使って説明している)。

レポートの書き方については,アイラック(IRAC)という順序に従って書くことを指導している。アイラック(IRAC)とは,法律専門家の思考方法といわれている文書作成方法であり,あらゆる法律文書をI:Issue(問題提起としての問題の争点),R:Rule(問題解決に利用されるルール,または,仮説),A:Argument(ルール又は仮説を適用した結論と想定される反論とを想定しての議論),C:Conclusion(議論を踏まえた上での結論)という順序で起案するというやり方である。

レポートの添削のポイントは,問題の争点と結論との関係が,「問いと答え」の関係になっているか,議論において,異なるルールが引用され,それぞれについて,きちんと応接が行われているかである。

レポート課題を義務づけておくと,授業中にレポート課題の説明を始めた途端に,学生たちが熱心に聴き始める。そして,提出期限が迫ると,レポート課題に関する質問も多くなる。提出されたレポートは丁寧に添削し,誤りを逐一指摘するとともに,最後に感想と学習上の注意,励ましを添えて,全員に返却する。

レポートの添削に際して,私は,以下の基準を採用している。第1に,誤字を含めて,誤りは具体的に指摘する。第2に,誤りが生じた原因を探り,自分で誤りを訂正できるヒントを丁寧に解説する。第3に,各自が自分の頭で考えたことが分かる箇所は,「よく書けています」というコメントともに,もっとよくなるヒントを書き加えておく。第4に,最後に,レポート全体の評価とコメントを丁寧に書く。ただし,点数をつけることはしない。

レポートに点数をつけると,内容を読まずに,そのまま,ゴミ箱へ捨てる学生がいるからである。レポートを返却する目的は,学生の主観的評価を客観的な自己評価へと変える手がかりを与えることにあるので,点数だけ見て,ゴミ箱に捨てられるのでは,意味がない。コメントをよくよみ,次のレポートの作成に向けて,改善を促すのが目的であるとすれば,レポートに点数をつける必要はないと思われる。

法科大学院とは異なり,学部では,レポートを添削した上で返却する教員がほとんどいないため([加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)]参照),講義が難しすぎると批判している学生を含めて,この時ばかりは,ほとんどの学生に感謝されている。

3-6. 定期試験と厳格な採点

試験問題は,予め公表した10題の予想問題のうちから,内容を少しばかり変更して,数題を出題する。最後の1題は,論述式問題で,アイラック(IRAC)という形式で記述することを義務づけている([加賀山・法教育の必要性(2012)]参照)。

試験の採点は,通常は,苦役に該当するようだが,私の場合は,Excelを使った自動採点プログラムを自作して利用しており,厳格で公正な採点をしている([加賀山・答案採点システム(2005)])。

答案をコンピュータ上で採点すると,一人の採点が終わるごとに,成績分布がグラフで示され,すべての採点が終了するとともに,成績報告書が完成するように設計しているので,答案の採点も,私の楽しみの一つとなっている。

   
 図 8 定期試験の答案の採点システムの実際の使用例 

私が自作して利用している採点システムは,以下のサイトで紹介している。

現在のところ,定期試験の答案については,返却はしていない。しかし,採点を厳密・公平に行っているので,答案の返却が義務づけられたとしても,何の問題も生じないように,準備を整えている(ワークシートばかりでなく,答案を添削して返却している実践例としては,上野寛子「学生を魅了し,楽しい学留に導く」[清水=橋本・学生と楽しむ大学教育(2013)182頁]参照)。


4.うまくいかないこと


どんなに努力をしても,うまくいかないことは多い。教育に工夫をしているものの,学生の中には,「通説と判例だけ教えてくれれば十分で,高度の問題への取り組みは不要です」などとリアクション・ペーパーに書いてくる学生も存在する。ビデオ教材を完成してからは,そのような不満は激減したが,従来通りの講義で十分であるとの考えを持つ学生が少なからずいることは感じている。

しかし,不満や質問には,誠実に対応しつつも,レベルを落とすことだけは,頑として拒否している(法律学においては,通説や判例を教えることでは不十分である事情については,[太田・法律(2000)],[加賀山・法創造教育((2004)]を参照していただきたい。

現在のところ,私の授業で,1割以上の学生が単位を落としているので,これを1割以内にとどめるには,ビデオ教材の短縮版(15分以内)の作成等,さらなる工夫が必要であると考えている。

研究にも,教育にも,完成はない。常に学生の反応に真摯に対応することを通じて,教育方法を改善していく必要がある。


5.今後の展望


反転授業のためのビデオ教材の作成は,次のステップへの飛躍につながる。それが,インターネットを利用した,100人規模にも対応できる「ライブ講義」である。

ライブ講義では,講義時間帯を決めるだけで,教員も学生も,講義室以外の自由な場所,すなわち,自宅や職場で講義をライブで聴取し,チャットで講義に参加することができるようになる。教員は,チャットを見ながら,講義の進行を自在に制御することができるため,双方向の講義が実現できる。このため,ライブ講義は,社会人を受け入れている学部や学科の講義科目にとって,特に有用であると思われる。

このようなライブ講義では,受講者は,事前に作成され,配布されたビデオで予習し,ライブ講義にチャットで参加する。しかも,そのライブ講義は,録画され,プライバシーに注意して編集されるならば,復習にも利用できるようになるので,大学教育は,さらに自由度を増すことになろう。

法と経営学研究科では,次年度からの試験的な開講に向けて,ライブ講義の実験を今年度の後期から開始することを計画中である。今後も,明治学院大学法と経営学研究科の教育改革のプロセスと成果に注目していただきたい。


参考文献


[太田・法律(2000)]
 太田勝造『法律(社会科学の理論とモデル)』東大出版会(2000)

[加賀山・法創造教育((2004)]
加賀山茂「法教育改革としての法創造教育 - 創設される法科大学院における法教育方法論 -」(名大法政論集201号(伊藤高義教授退官記念論文集)(2004)691-744頁)

[加賀山・答案採点システム(2005)]
加賀山茂「『厳格な成績評価』を実現するための『公正かつ透明な』答案採点システムの構築-Microsoft Excelを利用した答案採点システム-」(名大法政論集206号(2005)69-96頁

[加賀山・法教育の必要性(2012)]
加賀山茂「法教育の必要性とその実現方法 -アイラック(IRAC)を考慮したトゥールミン図式の特殊化とその応用-」明治学院大学法科大学院ローレビュー16号(2012/03)3-36頁

[加賀山・ビデオ教材の作成と授業の可視化(2013)]
加賀山茂「ビデオを利用した授業の可視化とビデオ教材の制作」名古屋大学法政論集250号(松浦好治教授退職記念論文集)(2013/07)1-29頁(PDF

[加賀山・DVD講義1(2013)]
加賀山茂『DVD講義 ビジュアル民法講義シリーズ1 民法入門・担保法革命』信山社(2013/12)

[加賀山・法科大学院の経験を学部教育に活かす(2014)]
加賀山茂「法科大学院での教育実践を法学部教育の改革に活かす-100人規模の講義で一人一人の知的レベルをどれだけ向上させることができるか?-」明治学院大学法科大学院ローレビュー 21号(2014/12)1-31頁(PDF

[クーン・科学革命の構造(1971)]
 トーマス・クーン,中山 茂 (訳) 『科学革命の構造』みすず書房(1971/01)

[澤田・論文のレトリック(1983)]
 澤田昭夫『論文のレトリック-わかりやすいまとめ方』講談社学術文庫(1983) [芝池=中西・反転授業が変える未来の教育(2014)]
芝池宗克=中西洋介『反転授業が変える教育の未来―生徒の主体性を引き出す授業への取り組み』明石書店 (2014/12/18)

[清水=橋本・学生と楽しむ大学教育(2013)]
清水亮=橋本勝『学生と楽しむ大学教育-大学の学びを本物にするFDを求めて』ナカニシヤ出版(2013/12/10)

[鈴木克明・教材設計マニュアル(2002)]
 鈴木克明『教材設計マニュアル-独学を支援するために』北大路書房(2002/4)

[戸田・教えるな(2011)]
 戸田忠雄『教えるな!-できる子に育てる5つの極意』NHK出版新書(2011/6/8)

[ハフト・法律学習法(1992)]
 フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)


[Top]へ [Legal Education Index]へ