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不動産の物権変動(3)

−対抗問題の範囲と第三者の範囲−

作成:2006年4月14日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂



W 不動産物権変動における対抗問題


対抗問題が何かについては,学説に一致がなく,民法177条の適用を妥当と考える場合が「対抗問題」を生じる場合とよばれているという。

民法94条2項や民法96条3項のように,民法上は,「第三者に対抗することができない」とかかれている場合でも,従来の通説によると対抗問題ではないとされる場合が多い。どうして,このような事態が生じるのだろうか。第三者の意味を含めて,対抗問題の意味を総合的に明らかにするのがこの講義のねらいである。

1 「対抗問題」の判断基準とわが国の学説の混乱

A. 不動産物権変動における対抗問題の意味

不動産物権変動における対抗問題とは,不動産の二重譲渡の場合に典型的に現われているように,物権を有するAからBへ,AからCへの2つの方向に物権が移転するように思われる状況,いわゆる「食うか食われるか」の関係が生じている場合のことをいう。

このような関係が生じているのであれば,二重譲渡の場合には限定されない。例えば,通謀虚偽表示によってAB間で不動産の仮装譲渡が行われ,仮装買主Bが売主Aを裏切って善意の第三者Cに不動産を譲渡した場合や,詐欺によってAが不動産をBに譲渡し,買主Bが善意の第三者Cに転売したところ,騙された売主Aが売買契約を取り消した場合などは,すべて,不動産物権変動の対抗問題である。

B. 対抗問題の意味に関する学説の混乱

ところが,わが国の学説においては,「どのような場合が『対抗問題』を生ずる場合に当るかについては一致がなく,… 結局,各自において177条の適用を妥当と考える場合が『対抗問題』を生じる場合とよばれているといってよい」(広中俊雄『物権法(第二版)』青林書院(1982年)138頁)という混迷状態が生じている。

なぜなら,「『対抗問題』という概念じたいが,すべての論者によって必ずしも同じ外延で理解されているとはいいがたい」(幾代通「裏がえしの対抗問題?建物所有による土地不法占拠と,建物所有登記の関係」法学教室52号(1985年)18頁)からである。

C. 対抗問題に関する学説の混乱の原因

1) 対抗問題とは,「登記のない者が負ける問題」という第1テーゼの確立

わが国において,どのような場合が不動産物権変動の「対抗問題」といえるかについて,学説が混乱している原因は,従来のすべての学説が,「対抗問題とは,『登記のない者が負ける』という問題である」という命題に呪縛されているためである。

この遠因は,対抗問題の典型例としての不動産物権の二重譲渡の問題において,わが国のほとんどの学説が,第1買主も第2買主も登記を得ていない場合には,第2買主ではなく,いずれか訴えた方が負けるという,誤った考え方に陥っているためであると思われる。たとえ,その問題の当否は別にするとしても,二重譲渡の理論的解明をないがしろにし,「登記がない方が訴えれば,訴えた方が負ける」という結論だけが一人歩きするようになってしまったことが,わが国の従来のすべての学説において,「対抗問題」と「登記がなければ負ける」という問題とが一対一に対応するに至った原因となっているように思われる。

2) 第1テーゼの対偶としての「登記がなくても勝つ者がいるならば,それは対抗問題ではない」という第2テーゼによる呪縛

すでに見てきたように,民法94条の通謀虚偽表示によって不動産の仮装譲渡が行われ,仮装買主が売主を裏切って善意の第三者に不動産を譲渡した場合,民法94条2項は,通謀虚偽表示の無効は,「善意の第三者に対抗することができない」と規定している。

図 10 対抗問題の誤った定式化

民法の明文で「対抗することができない」と書かれており,しかも,登記を有する仮装買主Bから善意の第三者Cへの譲渡と,Bから仮装売主Aへの復帰的な物権変動という不動産二重譲渡と同様の関係が生じている問題であるにもかかわらず,四宮説がこの問題を「対抗問題」ではないと断言する理由は,四宮説が,登記がBに残っている場合を含めて,「Cは登記がなくてもAに勝てる」という結論の正しさを確信しているからに他ならない。

なぜなら,登記がなくても勝てるという結論を取ろうとした瞬間に,それは,対抗問題ではないといわなければならないのが,現在の学説の暗黙の前提だからである(第2テーゼによる呪縛)。

四宮説とは反対に,登記を回復したAはCに勝ってよいと考える加藤説は,この問題を素直に不動産物権変動の対抗問題と主張することができる。しかし,対抗問題であるといった途端に,たとえ登記をAが回復しておらず,登記がBに残っており,虚偽表示の状態が継続している場合であっても,登記がない以上CはAに負けるという,民法94条2項の精神とはかけ離れた不合理な結論を認めざるを得なくなってしまう。

結局,現在のいかなる学説によっても,第1に,登記にBが残っている場合,すなわち,虚偽表示状態が継続している間は,たとえCに登記がなくてもCを勝たせることができ(対抗問題ではないと考える),第2に,登記がAに復帰し,虚偽表示状態が解消された後は,登記のないままでいるCよりは,登記を得たAを勝たせる(対抗問題と考える)という妥当な結論を導くことは,理論的に不可能である。

このようなジレンマを打開するためには,先に説明したように,対抗問題の典型例に立ち返って,第1買主も,第2買主も登記を得ていない場合には,訴えた方が負けるのではなく,第2買主が負けるという法理を確立することが重要であると考える。

2 不動産物権変動を「対抗することができない第三者」の範囲

A. 第三者と当事者の区別

1) 当事者,承継人,第三者の関係

第三者とは,当事者の反対概念である。そこで,当事者と第三者との関係を明らかにしておく必要がある。当事者と第三者の関係を明らかにするためには,承継人という概念を無視することができない。第三者の概念を明確にするためには,まず,当事者,承継人,第三者という3つの概念の相互関係を明らかにしておかなければならない。

図 11 当事者と第三者との関係

当事者,承継人,第三者という概念は,承継人を一般承継人と特定承継人とに分け,一般承継人は当事者と同視し,特定承継人は第三者とみなすという概念操作を施すことによって,当事者と第三者という二概念にまとめ直すことが可能である。

さらに,一般承継人は,当事者の財産状況に完全に左右されることから,それと状況を等しくする一般債権者を一般承継人と同視することが可能である。これとの対比において,差押債権者は,特定承継人と同様,特定の財産について権利を主張しうることから,特定承継人と同視することが可能となる。

当事者と第三者の二分法によれば,当事者の概念には,当事者本人,当事者の一般承継人,一般債権者が含まれ,第三者には,当事者の特定承継人,差押債権者,全くの第三者が含まれることになる。

2) 当事者と当事者の一般承継人の排除

第三者という場合には,契約当事者は含まれない。したがって,買主は,登記を取得していなくても,当事者である売主に対しては,所有権を主張することができる。

当事者の相続人は,前主の権利義務を承継するため,当事者本人と同視される。したがって,不動産買主は,登記がなくても,売主の相続人に対して,所有権を主張することができる。

3) 一般債権者の排除

一般債権者は,特定財産を直接支配しているわけではなく,所有者と物的支配を争うという関係にはない。例えば,不動産売主の一般債権者が,責任財産の減少を恐れて,買主に登記がないからという理由に基づき,その物権変動を否認するということは,許されない。そのような干渉が許されるのは,債務者が無資力である場合等に限定されており,そのような場合には,債権者には,詐害行為取消権(民法424条)等の救済手段が別途用意されている。判例も,一般債権者は,登記の欠缺を主張しうる第三者には含まれないとしている(大判大4・7・12民録21輯1126頁参照)。

B. 第三者の範囲の限定

1) 無関係の第三者の排除
A) 不法行為者・不法占拠者

AからBが家屋を購入したが,まだ登記をしないうちに,Cの放火によってその家屋が焼失してしまったという場合,BはCに対して登記がなくても不法行為に基づく損害賠償が請求できる(大判大10・12・10民録27輯2103頁)。

AからBが家屋を購入したが,Cがその家屋を不法占拠している場合,BはCに対して,登記がなくても,明渡請求および損害賠償請求をなしうる(最三判昭25・12・19民集4巻12号660頁(民法判例百選I[第4版](1996年)59事件))。

Cは誰に賠償すべきかという場面では,「登記」の所在は目安とはなりうるが,所有者が誰かという問題は,登記だけでなく,占有,契約書等による証明の問題として解決可能であり,不法行為者に対してまで,所有者が登記を備えなければ権利を主張できないとされる理由はない。

なお,所有権の証明に関する問題は,賃貸借が締結された不動産をAから譲り受けたBと賃借人Cとの関係においても妥当する(最三判昭49・3・19民集28巻2号325頁(民法判例百選I[第4版](1996年)58事件))。賃料を誰に払うべきか,賃借物を誰に返還すべきかは,所有権者が誰かの問題だからである。

B) 実質的無権利者

AからBが不動産の所有権を譲り受けたが,Cが書類を偽造してAからCへと登記名義を変更したとしても,C(登記の冒用者)は,本来その不動産につき何の権利も取得しない。このようなCは,実質的な無権利者と呼ばれており,Bは,登記がなくても,所有権を主張できる。

C) 転々譲渡の前主

不動産がA→B→Cへと譲渡されたが,登記がAにある場合,Cは登記がなくても所有権をもってAに対抗できる(最三判昭43・11・19民集22巻12号2692頁)。AとCとは,当該不動産につき物的支配を争う関係にないからである。

2) 単なる「第三者」から「登記の欠缺を主張しうる正当の利益を有する第三者」へ
A) 不動産登記法による特定の第三者の排除

 以下に規定された第三者は,民法177条の第三者から除外される。

不動産登記法 第5条(登記がないことを主張することができない第三者)
@詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた第三者は,その登記がないことを主張することができない。
A他人のために登記を申請する義務を負う第三者は,その登記がないことを主張することができない。ただし,その登記の登記原因(登記の原因となる事実又は法律行為をいう。以下同じ。)が自己の登記の登記原因の後に生じたときは,この限りでない。
B) 背信的悪意者の排除

判例は,復讐を目的とした公序良俗違反の行為や(最一判昭36・4・27民集15巻4号901頁),登記の残っている売主から安値で買い,登記を取得していない第1買主に高値で売りつけることを目的として登記を取得した第2買主の行為は(最二判昭43・8・2民集22巻8号1571頁(民法判例百選I[第4版](1996年)57事件)),民法177条の第三者につき,「実体法上物権変動があった事実を知る者において,右物権変動について登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある場合には,かかる背信的悪意者は,登記の欠缺を主張するについて,正当な利益を有しない」と判示している。

C. 民法177条にいう第三者の確定

以上の検討の結果,民法177条にいわゆる「第三者」とは,条文の文言からは想像できないほどに限定されていることがわかる。

しかし,民法177条の意味を,「物権変動の当事者の一方から,ある者(第三者)が当該物権変動とは相容れない物権を取得した場合につき,第三者が一定の保護要件(例えば登記)を具備していることを条件に,第三者の保護に必要な範囲で,それと相容れない物権変動を否認する権限を第三者に与えるものである」と解する立場に立てば,保護されるべき第三者が限定されるのは,むしろ,当然のことであるといえる。

民法177条の第三者は,第1に,第三者の概念分析によって,当事者,当事者の一般承継人,当事者の一般債権者が除外され,「特定承継人」と「全くの第三者」のみが残る。

第2に,第三者のうち,正当な利害関係を有しない第三者,すなわち,不法行為者,不法占拠者,実質的無権利者,転々譲渡の前主等の,「全くの第三者」が除外される。

第3に,利害関係を有する第三者としての特定承継人のうち,不動産登記法4条,5条に該当する第三者,背信的悪意者が除外される。

最後に残るのは,背信的悪意者に該当しない特定承継人(譲受人,買受人)のみであり,さらに,登記を取得することを必要とすると解すべきであろう。


練習問題4


問題1 対抗問題の範囲について,学説が一致していないのはなぜか。学説の一致している点と,一致していない点を区別して説明しなさい。

問題2 債権者と一般承継人(相続人)との類似点,差押債権者と特定承継人との類似点について説明しなさい。 問題3 登記がなければ物権変動を対抗できない第三者の範囲について,簡潔に述べなさい。


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